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出会いの数はドラマの数
キミに会えてホントによかった

あずさに届いたラブレター
彼女の恋人は神楽坂潤?

そこにあるのは素敵なひととき
ハートフルファミリーレストラン
Piaキャロットへようこそ!!
 
 
 

Piaキャロットへようこそ!!2SS
written by FUE Ikoma
Muchos Encuentros
第6話『ラヴ・イリュージョン』
Guest:IRIE Masumi


 
 




 2月、受験生にとっては今までの成果が試される月である。
 しかし、既に推薦で大学進学が決まっている日野森あずさは高校3年生のこの時期でも悠々とアルバイト生活を送っていた。
 本日も学校からピアキャロットに直行である。
 冬真っ盛りでしっかりとコートを着こんでいるため制服のデザインを窺い知ることはできないのだが。

「こんにちは」
 あずさは事務所にいた涼子に挨拶をする。
「こんにちは。そうそう、今朝、あなたに手紙が来ていたんだけど」
「手紙、ですか?」
「ええ、これなんだけど」
 涼子はあずさに1通の横長の封筒を手渡した。
 『ひのもりあずさ様』と書かれているところから、あずさ宛であるのは間違いない。しかし――――
「どうしてキャロットに私宛の手紙が?」
「切手も消印もないし、誰かが直接ポストに入れたのね」
「はぁ、誰からだろ?」
「ラブレターじゃないですか?」
「わっ、坂巻君、いつの間に?」
 いつからいたのか、哲弥があずさの脇からのぞきこんでいた。
「わぁ、あずさお姉ちゃんすごぉい」
「日野森にラブレターか」
「ミーナに前田君……」
 美奈、耕治と、つかさと潤を除いた高校生組がそろっていた。つかさは本日休み。潤はまだ来ていない。
「あのね、まだラブレターと決まったわけじゃないんだけど――――」
「でも、差出人はキャロットにお客さんとして出入りしていた確率が高いですね」
「何でそんなことわかるんだ、坂巻?」
「簡単な推測ですよ。宛名が『様』意外は平仮名ですよね。これは、『ひのもりあずさ』という名前をどう漢字で書けばいいかわからなかったからでしょうね。キャロットの従業員の名札は、平仮名ですからね」
 哲弥の言う通り、ピアキャロットの従業員の名札は、『きのした』『ふたば』『みなせ』といった具合に苗字を平仮名表記したものを使用している。
「なるほど、『様』は漢字になってるところからすると、名札を見て判断したって推測できるわけだ」
 耕治がフォローした。
「はい。『あずさ』という名も、キャロットの従業員かお客さんが呼んでいたのを知ったんでしょうね」
「となると、わざわざ日野森に直接出すんだから、ラブレターって確率が高くなったな」
「な、なんでそうなるのよ?」
「だって、従業員への意見や苦情だったら直接お店の方に言いますよね、涼子さん?」
 美奈は涼子に振った。
「そうね。こういった手紙で言ってくるという例は私の知る限りではないかしらね」
「はあ………って、みんな、その目は何?」
 美奈、耕治、哲弥は何かを期待するような目であずさの方を見つめていた。
「いや、開封しないのかなぁ〜って」
 耕治が答える。
「こんなところでするわけないでしょ! もう! 私着替えて来るから」
「あ、美奈も行くよぉ」
 あずさは手紙をカバンにしまうと更衣室へと向かった。美奈もその後を追う。
「それじゃ、耕治さん、これからがんばってくださいね」
「がんばってって……坂巻はもう帰るのか?」
「おれ、今まで働いてたんですよ」
「???」
「坂巻君、今は学校行ってないということだから、早番の方に回ってもらったの」
 涼子が説明した。
「あ、そういえば、高校受け直すとか言ってたな」
「はい。耕治さんと一緒に働けないのはちょっと残念ですけど」
「流し目で言うのはやめてくれ」
「冗談です。まあ、そういうわけで、今から寮に帰って受験勉強です。それじゃ、お先に失礼します」
「「お疲れ様」」
 哲弥は耕治と涼子に軽く手を振ると事務所を出て行った。

「前田君、ちょっといい?」
 本日の業務も終了し、寮に帰ろうとしていた耕治はあずさに呼びとめられた。
「日野森、どうした?」
「うん。あのね、さっきの手紙のことなんだけど……」
「さっきのって……ああ、あれか」
「うん、はい」
 あずさは耕治の前に、三つ折に折りたたまれた便箋を取り出した。
「読んでいいのか?」
「ええ」
 耕治はあずさの承認を取ると、手紙に目を通した。
『ひのもりあずさ様
 あなたのことが大大大好きです。
 もし、お会いいただけるのでしたら、私は2月1日午後10時から公園で待ってます。
 何時間でも待ってます。
                                    真純』
「何つーか、ストレートな手紙だな。差出人は……『しんじゅん』?」
「『ますみ』って読むみたいよ」
「そっか。ん? 2月1日って今日じゃないか」
「そうなのよね」
「で、行くのか?」
「………まあね」
「ま、がんばれよ」
「………それだけ?」
 耕治のそっけない態度にあずさは機嫌を損ねたようだった。
「どういう意味だ?」
「何でもないわよっ!」
「ならいいんだけどさ。じゃあな、日野森」
「まだ話は終わってないわよっ!」
 帰ろうとした耕治をあずさは引きとめた。
「何なんだよ?」
「あのね……その……ついて来てほしいんだけど」
「………は? 何で俺が?」
 耕治は言葉の意味がすぐには理解できなかった。
「手紙、読んだでしょ」
「交換条件ってことか?」
「そうじゃなくて。ストレートな手紙って前田君も言ったじゃない」
「ああ」
「私、断ろうと思うんだけど、この書き方からすると、無視しても無駄みたいな気がするのよね」
「まあ、そういうタイプかもな」
「だから、前田君は隠れて様子を覗ってて、もし私がピンチになったら助けてほしいってわけ」
「ピンチって?」
「この真純って人がキレて襲い掛かって来たりしたときとか」
「うーん………」
「ね、お願い」
 あずさは手を合わせて頼みこんでいる。
「わかったよ」
「ふふっ、ありがとう」
 あずさはにっこり微笑んだ。
(日野森だったら襲われても自力で何とかできるんじゃないか?)
 耕治はそんな風に思ったのだが、口に出したらどんな報復がくるかわかったものではないのであえて黙っていた。
 それに、あずさのこの笑顔を見られたことにささやかな喜びを感じたことも事実だった。
「そういえば、美奈ちゃんはどうしたんだ?」
「あの子は先に帰らせたわ。残念がってたけど、あまり関わらせたくなかったし」
「それもそうか。でもさ、もう断るって決めてるんだな」
「え? あ、まあね」
「何でだよ? もったいない」
 耕治のこの言葉を聞くと、またもやあずさは不機嫌な顔つきになった。
「どうだっていいでしょ! さ、行くわよ!」
「あ、ああ」
 耕治は釈然としないものを感じつつも、あずさの後を追ってピアキャロットを後にした。

 机、椅子、ソファ、絨毯、本棚など。置かれているすべてのものがいかにも豪華な部屋。
 机に面した回転椅子に、40歳くらいの中年男性が腰掛けていた。
 精悍な体つきに鋭い眼光。ワイングラスに注がれたワインを転がし、揺れるワインを目で追っている。口もとがかすかに緩んでいた。
 その男性を、彼から少し離れたソファに座って眺めている1人の少年がいた。
 少年は無表情で、何を考えているのかは読み取れなかった。
「もうすぐだ。もうすぐ俺は力を手に入れる。3家に匹敵するほどの力をな」
 男性の方が口を開くと、少年の眉が少しだけ上がった。
「わたしは………」
「おまえにもやってもらうことがある。おまえはそのために、いや、そのためだけにこうして育ててきたのだからな」
「……………」
「余計なことは考えなくていい。俺の言う通りにさえやっていればいいんだ。それでこそ、おまえは俺にとっても、おまえ自身にとっても価値ある存在だ」
 …………………………。
 …………………………。
 …………………………。
 哲弥は目を覚ました。部屋は明かりが灯っている。
 勉強に疲れて休憩のつもりでベッドに横になったはいいが、そのまま眠ってたらしい。
(またあの夢か)
 家出してきてから何度となく見る夢だった。
(休憩したのに何だか憂鬱だけど……ま、気を紛らわすために勉強再開といくか)
 哲弥はそう決心すると、再び机に向かった。

 午後9時45分、あずさと耕治は公園に到着した。
「じゃあ、行ってくるから」
「ああ」
「絶対に途中で逃げたりしないでよ」
「わかってるって。早く行けよ」
「うん」
 あずさは耕治に念を押すと、1人公園の中央に向かった。
 公園のベンチに角張った顔をした青年が座っていた。
(あの人かしら?)
 青年はあずさの方に気づいていない。
 あずさは少し考えてから、声をかけることにした。
「あの、あなたが真純さんですか?」
 青年はあずさの声に顔を上げるとにっこりと微笑みながら言った。
「いえ、違います。僕は――――」
「義朗〜♪」
 そのとき、公園の入り口から人の声が聞こえてきた。
 あずさが振りかえると、眼鏡をかけた青年が手を振りながらあずさと青年のいる所へ駆けてくるところだった。
「静〜♪」
 青年もベンチから立ち上がると嬉しそうに手を振る。
「待った?」
「いや、今来たところさ」
 眼鏡の青年が着いたところで、2人はデートのような会話を交わす。
「よ〜し義朗、今晩は日本の将来を語り合おう」
「おう、今夜は寝かさないぞ、ふっふっふ」
 青年達はそんな会話を交わしながら、肩を組み合い去って行った。
 …………………………。
「何だったんだ、あれは?」
 一部始終を見ていた耕治がつぶやいたときだった。
「こんばんは、お兄さん?」
「え?」
 背後から声を駆けられて振り向くと、そこにはロングヘアーで、ぱっちりとした、やや釣り目気味の少女が立っていた。
「あれ? え〜っと………」
 しかし、耕治の口からは少女の名前がなかなか出て来ない。
「もう、ほら」
 少女は口を尖らせると、髪を片手ずつで上げてウサギのようにして見せた。
「あ、ああ、ともみちゃん」
「そ、愛沢ともみだよ。わからなかったの?」
「ごめんごめん。髪を下ろしたともみちゃんって初めて見たからさ」
 耕治の言う通り、ともみは普段はツインテールにしている。
「でも、ともみちゃん、こんな時間にどうしたの?」
 耕治はともみに尋ねた。ともみは現在中学生。塾通いでなければ家にいる時間帯である。
「ともみね、お風呂屋さんに行って来たの」
「銭湯に?」
「うん。ともみの家のお風呂、壊れちゃったからね。お兄さんは?」
「え?」
「お兄さんはこんな所で何してるの?」
「えぇっと、それは……」
 耕治は正直に答えるべきか迷っていた。
「あれ? あそこにいるの、あずささん?」
 耕治が結論を出すより早く、ともみがあずさに気づいた。
「ハッ、もしかしてお兄さん、あずささんをストーキングしてたの?」
「違うって」
 これ以上妙な誤解をされてはたまらないと思った耕治は、ともみに事情を説明することにした。
「ふ〜ん、そうだったんだ。面白そうだからともみも見てこ〜っと」
 ひとしきり説明を聞いたともみは耕治の隣にかがみこんだ。
「ともみちゃん、早く帰らないと湯冷めしちゃうよ」
「大丈夫だよ」
 耕治がたしなめるがともみは聞き入れなかった。
(ま、いっか)
 耕治もあずさの方に視線を向けた。
 そのまましばらく時間が過ぎて行った。
 耕治とともみは時折言葉を交わしては笑いあったりしていたのだが、次第に耕治は妙な気分になって来た。
(ともみちゃん、銭湯帰りだけあって石鹸とシャンプーのいい匂いがするなぁ。髪を下ろしてるのも新鮮だし、濡れてて何だか色っぽい……って、中学生相手に何考えてるんだ俺。でも、あと2ヶ月でともみちゃんも高校生になるんだよな………)
 変にともみを意識してしまっている。
 耕治の頭の中に選択肢が出現した。
  1,ガバーッと襲いかかる
  2,ともみちゃんを帰らせる
  3,日野森の方に意識を集中させる
(1を選んだら18禁になってしまう(何がだ?)。却下だ。2は? 男としてみすみすこんなシチュエーションを棄てられるか! 却下却下却下! というわけで、消去法で3か)
 耕治は現状維持を選んだ。
「あ、お兄さん、誰か来たよ」
 耕治が葛藤していることも知らずあずさの方を見ていたともみは、彼女の方に歩いてくる人影に気づいた。
「どれどれ、って、あれ?」
 人影の正体は、高校生くらいの女の子だった。
 しかし髪はかなり短めなうえにジーンズをはいていることもあり、よく見なければ即座に女の子とは判断できなかった。
「日野森あずささん」
「え? あなたは?」
 あずさは目の前にいる人物に見覚えがなかった。
「嬉しい、来てくれたんですね」
「ま、まさか?」
 高い音程の声に、あずさの顔が引きつる。
「はい。あたし、真純です。入江真純です」
「真純……男の子じゃなかったの?」
 あずさの呟きは真純には届かなかった。
「そう、あれは先月のことでした。ピアキャロットでウェイトレスをしていた時のあずささんの姿を見たとき、あたしの体の中を一筋の稲妻が駆け抜けました。天使のような微笑、水晶のような声、マリア様のような優しさ、もう素敵すぎます――――」
 呆然としているあずさに構わず真純は話し続ける。
「あたし、何度かピアキャロットに食事に行きました。外から眺めていたこともありました。ああ、そのたびにあずささんはいつも素敵な笑顔を見せてくれて、あたしは束の間の幸せに身をゆだねていたのです。でも、やっぱり見てるだけじゃあだめだと思って、今回こうしてお手紙を出したわけですが――――」
 なおも延々と話し続ける真純。
「…………………」
 あずさは固まっている。
コツン
 そのとき、あずさの頭に緩い勢いで小石が当たった。
 あずさが我に返って小石が飛んできた方向を見ると、耕治が手招きしていた。
 一方真純の方を見ると、いまだ話し続けており、あずさのことは目に入っていない。
 あずさは耕治の方に頷くと、その場を離れて耕治のいる所に赴いた。
「いや〜、助かったわ前田君。あれ? ともみちゃん?」
「こんばんは、あずささん」
「説明は後にして、今はここを離れた方がいいんじゃないか?」
「そうね」
 耕治の言葉に従い、3人は公園を離れた。
「それで、夜3時までかかって手紙を書いたんですが――――」
 真純はあずさがいなくなったことも知らずに話し続けていた。

 公園から退散したあずさたちは、駅前の喫茶店に入った。
「で、どうするんだ、日野森?」
「どうするって言われても……」
 それぞれ飲み物に口をつけながら話す。
 ちなみにあずさがダージリンティー、耕治がカプチーノ、そしてともみがレモンジュースである。
「それより前田君、どうしてともみちゃんがいるわけ?」
 あずさの視線の先には、彼女と向かい合って、ともみが耕治の隣に座っていた。
「だから言っただろ、公園で偶然会ったって」
「だから、何でこんなとこまでついて来たのかってこと。ともみちゃんも、明日は学校じゃないの?」
「大丈夫だよ。ともみの学校、入試期間中で休みだから」
「そういえば、ともみちゃんが通ってる中学、私立だったな」
「そっか。もう中学の方もそんな時期なのね」
「俺と日野森はもう推薦取っちまったからこうしてバイトしていられるんだけどな」
「ふふっ、そうね」
 話が本題からずれて来ている。
 そのときだった。
「ともみ!」
「ともみちゃん」
「ユキ、紀子ちゃん」
 あずさ達がいる席に、2人の少女がやってきた。
 1人はストレートのロングヘアーで、額が広く空いている、快活な印象を持つ少女、神塚ユキ。
 もう1人は、ショートカットな髪で、鼻の付け根近くそばかすが浮かぶ大人しそうな少女、志摩紀子。
「あれ? ユキちゃん、紀子ちゃん、こんばんは」
「あ、こんばんは……じゃなくって、アンタ、こんな時間にともみをこんなとこに連れこんで何する気だったのよ!?」
「ユキちゃん、落ち着いてよ」
 とりあえずにこやかに挨拶する耕治、耕治に掴みかかるユキ、ユキをたしなめる紀子。
「でも、ユキちゃんも紀子ちゃんも、どうしてここに?」
「さっき、ともみから電話があったんですよ。で、場所訊いたらここに前田さん達と一緒にいるって言ったから」
「今日は、わたしもともみちゃんもユキちゃんの家に泊まることになってたんです」
 あずさの問いにユキが答え、紀子がフォローをいれた。
 紀子はそうではないのだが、ともみとユキは基本的に年上の人間には敬語で話すのに耕治だけにはタメ口である。
「とりあえず、場所移りましょうか」
 あずさの提案で、一向は4人がけから6人がけの席に移った。

「ふ〜ん、なるほど」
 ユキと紀子はともみからひとしきり事情を聞いた。
 あずさは渋っていたが、話さないと耕治がユキの追及から解放されそうになかった。
「モテモテですよね、あずささん」
「ともみちゃん、全然嬉しくないわ」
「で、結局のところ、どうするんだ日野森?」
 耕治が尋ねたところでようやく話が戻ってきた。
「どうするって……私はそっちの方には興味ないし、それに………」
 あずさはチラッと耕治の方に視線を送った。
「ん? どうした?」
「何でもない。とにかく、はっきりと断るわ」
 あずさがそう決断したときだった。
「甘いっ、甘いわあずさちゃん」
 通路側から声が聞こえてきた。
 一同がそこに視線を移すと、そこにはスパゲティペペロンチーノをトレイに乗せた美樹子がいた。
「美樹子さん、どっからわいて出たんですか?」
「人を虫みたいに言わないでよ」
 敵意を含んだ口調のあずさに美樹子もやり返す。
「まあまあ2人とも。ミキ、こんな時間にどうしたんだ?」
「今夜は徹夜になりそうだからね、ちょっと腹ごしらえ。キャロットはもう閉まってるし」
 美樹子は耕治の問いに答えながら、耕治達がいるテーブルの空いている席に腰掛けた。
「前田さん、この人誰?」
 ユキが美樹子を示して耕治に尋ねた。
「あ、ユキちゃん達は面と向かって話したことなかったっけ」
 耕治はそれぞれを紹介した。
「ふ〜ん、中学生の女の子達とも仲良しなんだ」
「何だよミキ、その顔は」
「べっつに〜♪」
 美樹子はニヤニヤと笑っている。
「あ、あの、篠原さん、マンガ家ってことは、篠原ミキ先生ですか?」
 紀子が恐る恐る美樹子に尋ねた。
「ええ、そうよ」
 美樹子が肯定すると、紀子の顔がパッと輝いた。
「やっぱり。あの、私、先生が描いた『パイナップル』を読んだんです。すっごく感動しました」
 『パイナップル』とは、2ヶ月ほど前に出版された月刊誌に掲載された、美樹子が描いた読みきりマンガである。
「そう? ありがとね」
「あの、それで、よろしかったら、握手してもらえませんか?」
「ええ、いいけど。何か照れちゃうな」
 美樹子は苦笑しながら紀子と握手を交わした。
 美樹子がこのように自分の作品に対して直接感想を聞くのは別に初めてではない。同人誌即売会に出品していればその場で感想を言ってくれる人もいる。そういった場では賞賛だけでなく批判もある。
 また、ピアキャロットで耕治に感想を聞いたときは、彼の批判に彼女も一度は腹を立てた。しかし、後にそれを見つめなおすことでそれは彼女が大きく飛躍する要因となった。
「あの、美樹子さん、甘いってのは何のこと?」
 あずさが話を戻した。
「あずさちゃん、その子、はっきりと言ってあっさり引き下がるような性格なの?」
「それは……………」
「ちょっと無理っぽいかもな」
 言葉に詰まってしまったあずさに代わり耕治が答えた。
「でしょ?」
「だったら、美樹子さんは何か案があるんですか?」
「ともみちゃん、こういうときの王道、影武者よ」
「影武者?」
「誰かに偽の恋人役をやってもらって相手に諦めてもらうこと」
 首を傾げるともみにユキが説明した。
「どう、あずさちゃん?」
「う〜ん、ちょっとずるいかもしれないけど、仕方ないか」
「よ〜っし、決まりね。じゃあ、影武者役だけど……」
「それなら、ま――――」
「神楽坂がいいんじゃないか?」
「え?」
 あずさが耕治を指名しようとした機先を制して耕治は潤を推薦した。
「ほら、神楽坂、演劇やってるし、こういうの得意そうだろ? 適任だと思うけどな」
「そ、そう、かもね」
「日野森の方から頼みにくいんだったら俺から話つけてもいいんだぜ」
「う、うん」
「どうしたんだ日野森? 浮かない顔して」
「何でもないわよっ!」
 自分の心を理解してくれない耕治に対し、あずさはいら立ってしまった。
 ここで『私は前田君がいい』と言えればよかったのだが、それができるほど彼女は素直にはなれなかった。
(フッ)
 美樹子はほくそえんだ。
「篠原先生、もしかして確信犯?」
「あり得る」
 紀子とユキが顔を突きつけ合わせ、ひそひそ声で話していた。
 
 

「で、何でボクなわけ? そもそもなんで耕治が頼むのさ」
 翌日、耕治から事情を説明された潤は、最初にその疑問をぶつけてきた。
 現在バイト終了後の帰り道。
 耕治は、あずさが本日は休みのため駅まで一緒に行ってほしいという美奈の頼みを断り(断った時の美奈の悲しそうな顔に良心が痛んだが)、潤を誘って一緒に帰宅していた。
 そして店を出たところですぐ、昨日の話をしたのである。
「神楽坂が1番適役なんだよ。他に頼めそうな人っていったら店長さんか坂巻だけど、店長さんは既婚者だし、向こうもそれを知ってるかもしれない。坂巻に頼むよりは、神楽坂の方が上手くやってくれそうだしな。俺も昨日いあわせてたし、日野森今日休みだろ」
「……耕治は、その、やる気なかったの?」
「俺は、この間のお見合いの時のでこりごりだ」
 耕治の回答が自分の期待していたものではなかったことで、潤は少し落胆した表情になった。
「ああ、みんなで三島デパートに行ったとき、涼子さんの恋人役にさせられたんだっけ。何だか大変だったそうだね」
 潤はあの時その場にいなかったが、葵から聞いていた。一部脚色も混じっていたが。
「それに神楽坂は演劇やってるんだろ。こういうのはちょちょいのちょいっとやってくれるだろ」
「ちょちょいのちょいって……そんな簡単なもんじゃないよ」
「だとしても、これも勉強になるんじゃないのか?」
「そうかなあ?」
「とにかく、日野森を助けてやってくれよ」
 耕治は手を合わせて拝み始めた。
「1つ訊いていい?」
「何だ?」
 尋ねてきた潤に、耕治は顔を上げる。
「どうしてあずささんのために、そんなに熱心になるのさ?」
「どうしてって、そりゃあ、仲間だし、当然だろ」
「だったら、美奈ちゃんや、つかさちゃんや………ボクが同じようなことになっても同じようにしてくれるってわけ?」
「そりゃあまあ、そうだろうな」
「クスッ」
「何がおかしいんだよ?」
「いや、別に。わかった、引き受けるよ」
「あ、ああ。ありがとな」
 笑顔の潤に戸惑った耕治はお礼の言葉がおざなりになってしまった。
 
 

 翌日の午後4時頃、学校を終えたあずさはピアキャロットに向かっていた。
 ピアキャロットまであと10分ほどの道のりにさしかかったときだった。
「あずささ〜ん♪」
「あっ……」
 声がした方向に振り向いたあずさの表情がゆがむ。
 そこには、真純が手を振りながら駆け寄って来る姿があった。
「もう、一昨日はどうしたんですか? いつのまにかいなくなっちゃってて」
「あ、あれは、その……」
 真純は笑顔で話しかけてくる。一昨日放っておかれたことは怒ってはいないらしい。
「そ、そうそう、一昨日は言いそびれちゃったんだけどね――――」
 あずさは話を切り替えた。
「私、付き合ってる人がいるの」
 潤が影武者役を引き受けてくれたは昨晩本人から電話で聞いていた。
「え?」
 あずさの言葉に真純の表情が凍りついた。
「だから、真純ちゃんの気持ちには応えられないっていうか、何と言うか……」
「……どんな方なんですか?」
 真純は絞り出すような声で尋ねてくる。
「ええっと、バイト先の人なんだけど……そうそう、今度の日曜、デートする予定だから――――」
「そこであたしも会ってみていいですか?」
「え? それは……」
「いいですよね?」
「う、うん」
 あずさは真純に押し切られる形で頷いてしまった。
「待ち合わせ場所は公園ですか?」
「そ、そうね」
「わかりました、日曜日、必ず来ます。それでは」
 真純はそのまま駆け去っていった。
「はぁ……どうしよう?」
 あずさは溜息をつくと、真純が駆け去った方から空へと視線を移した。
 空は今のあずさの心情を表すかのように曇っていた。夜は雪になりそうだった。

「デートぉ?」
 ピアキャロットの事務所には、既に着替えを終えたあずさ、潤、耕治の3人がいた。
 あずさから先ほどの真純との一件を聞いた潤は思わず間抜けな声を出した。
「うん、勢いでそういうことになっちゃって」
 あずさが申し訳なさそうに言う。
「まあ、いいじゃないか、影武者ってことは、いつかは引き合わせることになってたんだし」
「それはそうだけど……」
「別に本当にデートするわけじゃなくて、ちょっと会ってくれればいいの。そうすれば、真純ちゃんも諦めると思うから」
「そうだよ、神楽坂」
「……うん、わかった」
 渋っていた潤だったが、耕治とあずさの説得で首を縦に振った。
「日曜か……俺はバイトだけど、2人ともしっかりな」
「え〜? 耕治も来てよ」
「そうよ」
「デートなのに俺が来てどうすんだよ」
「前田君は隠れて様子見てるだけでもいいから」
「んなこといったって、俺はバイトが……」
「何だよ、最後まで責任取るんじゃないの?」
「責任てなあ、神楽坂………」
「「じぃ〜〜〜〜」」
 あずさと潤は目で攻撃してきた。
「あーもう! わかったわかった。店長さんに頼んでその日は休みにさせてもらうよ」
「ふふっ、ありがと、前田君」
「それじゃ、耕治、よろしくね」
 耕治は2人の視線に屈した。
「お先に失礼しま〜す」
「「「お疲れ様」」」
 そのとき、哲弥が退店の挨拶をしながら事務所を通りぬけていった。
 
 

「ふ〜ん、今度の日曜日か。おもしろくなってきたわね」
「そうですね」
「あ、しまった」
「どうしたんです?」
「今度の日曜日、私、イベントがあるんだった。ねえ、君が見に行ってくれない?」
「無理ですよ、おれまで休むなんて」
「そうよねえ……そうだ、あの子達に頼もうっと」
「あの子達って?」
「ふふっ、楽しみね〜♪」
 
 
 
 

次回予告
ともみ:ともみで〜す♪
紀 子:紀子で〜す♪
ユ キ:ユキで〜す♪ って、何なのよこれ!
ともみ:何かいけなかった?
ユ キ:これじゃああたしたち、お笑い芸人みたいじゃない!
ともみ:え〜? お笑い芸人、いいと思うけどなあ。
紀 子:わたし、東京系よりも上方系のお笑いが好き。
ユ キ:誰もそんなこと訊いてな―い! とにかく、あたしはお笑い芸人になるのはイヤ。
ともみ:う〜ん、じゃあ紀子ちゃん、2人で漫才師を目指そうか。
紀 子:だったら、ともみちゃんがボケでわたしがツッコミだね。
ユ キ:アンタたち、何言ってるのよ!
ともみ:次回、Muchos Encuentros 第7話『ラヴ・アンド・ラーフ』。お楽しみに。
ユ キ:何? 次回ギャグなわけ?
紀 子:どうだろうね? ここの予告ってまともにやらないから。
ともみ:キャロットのウェイトレスが全員お笑い系の接客する、なんてどうかな?
ユ キ:そうなったら、絶対にあそこでバイトはしたくないわね。
紀 子:楽しそうなのに。
 
 

あとがき
 こんにちは、最近ちょっと個人的に悪いことがあり沈み気味の笛射駒です。
 う〜ん、美樹子やともみ達を出さなければスマートに進んだのですが……。
 長々と続いてしまい、結局予定の半分しか書けませんでした。
 おかげで、あずさの他に潤もメインなのに出番ほとんどなし。
 というわけで、このエピソードは3話構成になる予定です。
 ピアキャロット2では、トラブルメーカーとして葵やつかさが代表的ですが、笛は美樹子が一押しです。
 彼女って1歩引いたところから引っ掻き回せるので書いてておもしろい人物なんです。
 さて、次回は潤×あずさ派の方々に捧げます、って、そんな人いるでしょうか?
 それでは、お付き合いいただきありがとうございました。

 

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