人の数は出会いの数
出会いの数はドラマの数
キミに会えてホントによかった
お見合い場所は巨大デパート
涼子を守りきれるのか?
そこにあるのは素敵なひととき
ハートフルファミリーレストラン
Piaキャロットへようこそ!!
Piaキャロットへようこそ!!2SS
written by FUE Ikoma
Muchos Encuentros
第5話『ナイトさまっ』
Guest:JOH Karin
日曜日、すなわち涼子のお見合いの日がやってきた。
そして、その場所となる横浜の三島デパートの前でその建物を見上げる10人がいた。
涼子のお見合いを阻止するためにやって来た、オーナーの魔の手から涼子を救え作戦遂行決死隊(命名、皆瀬葵)の面々である。
「何と言うか、まあ」
「大きい建物です」
あずさと美奈が感嘆の声をあげる。口にこそ出さないが、他のメンバーの多くもそう思っていることだろう。
三島デパートは確かに大きな建物だった。デパートと銘打ってはあるものの、建物内には映画館、コンサートホール、展示場、プールなど多くの施設があり、むしろ総合会館とでも言った方が差し支えないだろう。
「東都ドーム何個分になるんでしょうね?」
早苗が疑問を口にする。
「ところで、大きさを比べるときってどうしていつも野球場が対象なんだろうね?」
耕治はどこかポイントがずれていた。
「みんな、感心するのはそれぐらいにして、行くわよっ!」
葵が場を取り仕切る。
「でも、涼子さんのお見合会場って具体的にデパート内のどこなんですか?」
「えっ、それは………歌鈴ちゃんが知ってるんじゃないの?」
潤の突っ込みに葵は歌鈴に振る。しかし歌鈴は首を横に振った。
「そこまでは聞けませんでしたし、皆瀬さんかそちらの店長さんが双葉さんから聞いてないんですか?」
「聞けるわけないじゃない。涼子にはこの計画のことは秘密なんだから」
逆に尋ねる歌鈴だったが葵もあっさり否定した。
途端に気まずい間が流れる。
「う〜ん、第一歩から踏み外しちゃったね」
留美が困ったように言う。
「とりあえず受付に訊いてみるか。みんなはここで待っててくれ」
祐介は1人中に入っていった。
5分ほどして祐介が戻ってきた。
「どうでしたか?」
「それが、場所の名前がわからないと無理だってさ。放送で呼び出すわけにもいかないし」
真っ先に尋ねてくる葵に残念そうに答える。
「ということは、ボクたち自身で探すしかないんだね」
「でも、お見合いなんだからレストラン街のどこかだろうとは言われたけどね」
つかさの諦めたような言葉に他のメンバーも、仕方ないといった表情を浮かべている。
もっとも祐介の一言で捜索範囲はかなり限定された。
「それじゃあ、レストラン街に、と、何組かに分かれましょうか?」
歌鈴が提案する。
「そうね、こんな大人数で行動して下手に目立つのも何だしね」」
葵も賛同する。他のメンバーも異議はないようだった。
数分後、即席のくじによって一同は3組に分かれた。
A組:木ノ下祐介、榎本つかさ、縁早苗、神楽坂潤
B組:皆瀬葵、城歌鈴、前田耕治
C組:木ノ下留美、日野森あずさ、日野森美奈
以上のメンバー編成。ちなみに先頭の人物が各組のリーダーである。
「じゃあ、何かあったら携帯で連絡し合うってことで、ミッションスタートっ」
葵の号令で一同は3手に分かれていった。
涼子は見合い相手との対面を果たしていた。
最上階の高級レストランの1つ。その4人がけのテーブルに椅子が2つずつ。
一方には涼子と泰男が腰掛けている。
涼子はグレーのスーツに膝までのタイトスカート。泰男は紺のスーツを着用している。
もう一方には50代と20代後半と思われるスーツ姿の男性が腰掛けていた。
「双葉、涼子です」
まずは涼子から名乗った。
「諸星源八です」
20代後半の男性が名乗った。この男性が涼子の見合い相手である。
そのあと、源八に同席している彼の父親の健平と泰男もそれぞれ挨拶をした。
「本日、双葉君の父兄は時間が折り合わなかったので、私が代理として同席いたしました」
実際は、形だけのお見合いに涼子の身内の手を煩わせることもない、ということで泰男が同席することになったのだが。
葵、耕治、歌鈴は葵を先頭に進んでいたのだが、なぜか地下食堂に来ていた。
「葵さん、本当にこのルートであってるんですか?」
耕治が尋ねる。
「や、やぁねぇ、あってるに決まってるじゃない」
「でも、何でこんなとこにいるんですか?」
歌鈴が突っ込んだ。
「そ、それは、ほら、急がば回れって言うじゃない」
「使い方間違ってませんか?」
歌鈴がさらに突っ込む。
「ア、アハハ、とにかく、エレベーター探しましょ」
葵はとりあえず笑って誤魔化すとなおも先頭に立って歩き出した。
((大丈夫なんだろうか?))
耕治も歌鈴も不安に思っていた。
とそのとき、葵が不意に足を止めた。
「どうしたんですか、葵さん?」
「いや、ちょっとね」
葵は耕治の問いに曖昧な返事をすると直進していた道から左に外れた。
耕治と歌鈴も顔を見合わせてからその後を追う。
「ぐびぐび。ぷはーっ、たまらないわねぇ♪」
「葵さん、何やってるんですか?」
耕治が呆れたように言う。
「ん〜、ちょっと一休み♪」
葵は、期間限定 冬の恋人 楓ファイヤービールのサンプルを飲みまくっていた。
「あ、あの……」
小さなコップに注がれたビールのサンプルが乗ったトレイを持った、アルバイトらしき若い女性店員は、遠慮なしに飲みまくる葵に半べそ状態になっている。
「ほら、耕治クンも歌鈴ちゃんもどう?」
「いや、俺未成年ですからって、そもそもこんなことしてる場合じゃないでしょう」
そもそも耕治の未成年だからという理屈は葵に通用するはずもないのだが。
「そうです。こんなとこで油売ってないで、行きますよ」
歌鈴が葵の右腕を掴んで耕治に目配せをする。
耕治も彼女の意図を察して葵の左腕を掴んだ。
そして2人は頷き合うと、そのままずるずると葵を引っ張りだした。
「ああっ、ちょっと、あと3杯だけぇぇ〜〜!!」
「「ダメですっ!」」
サンプルのビールをがぶ飲みして引きずられていく葵は周囲からの注目を思いきり浴びていた。
「あ」
「どうしたの、つかさちゃん?」
何かをみつけたらしいつかさに早苗が尋ねる。
つかさはそれに答えず駆けていく。祐介、潤、早苗の3人も彼女を追いかけた。
つかさは扉の前で足を止めた。その扉の前には『新春パラパラコンクール』と書かれた立て札が立っている。
「みんな、ちょっと見てこうよ」
「つかさちゃん、ボクたち何しに来たかわかってる?」
つかさの提案に潤は呆れる。
「ちょっとだけだから。ねぇ、いいでしょ、店長〜」
つかさが甘い声を出しながら祐介に懇願する。リーダーを懐柔する作戦に出たようだ。
「え、あ、う〜ん……ま、ちょっとだけならいいか」
祐介は少し考えた後、つかさの側についた。
「いいんですか、店長?」
早苗も呆れ顔になっている。
「まあ、10分くらいなら問題ないだろう」
「あっはは〜、さすが店長、話せる〜♪」
つかさは嬉しそうに扉をくぐっていった。祐介がその後に続く。
祐介自身、好奇心もあったし少しくらいなら大丈夫だろう、という油断があった。
潤と早苗も互いに顔を見合わせて溜息をついてから後を追った。
この場に留美がいたなら、バイト先の女子高生に鼻の下を伸ばしたと愛理に報告されていたことだろう。
涼子達のいるテーブルから少し離れたテーブルに3人の若い女性客がいた。留美、あずさ、美奈である。
「いや〜、しかし、こんなに簡単に見つかるとは思わなかったね」
「留美さん、いいんですか、そんなの頼んで? ここの料理、高いですよ」
料理を食べながら話す留美に、あずさは呆れた視線を送る。
「いいのいいの。必要経費ってことでお兄ちゃんに請求しちゃうから」
「必要経費って………」
「行動するのはみんながそろってからだし、しばらくは向こうの様子も見ないといけないじゃない。そうなると、ここは喫茶店やファミレスじゃないんだから飲み物だけってわけにもいかないよ」
「そうかもしれないですけど」
留美が注文したメニューは5桁に届きそうな額である。
「ほら、あずさちゃんと美奈ちゃんも食べなよ。おいしいよ、って美奈ちゃん、何見てるの?」
窓際の席に座っていた美奈はぼんやりと外を眺めていた。
「あ、いえ、美奈、横浜って初めて来たので。はぁ、いい眺めですね」
「確かにいい眺めよね」
隣に座っていたあずさも身を乗り出して外を眺める。
このレストランは12階建ての最上階。周辺にその高さに匹敵する建造物がないため景色が開けており、海を一望することもできる。
「美奈ちゃん、これ貸してあげる」
留美が美奈に手渡したのは双眼鏡だった。
「ありがとうございます。わぁ、よく見えます」
美奈はしばらく双眼鏡越しに景色を見渡していたが、右端の方に視線を移したところで不意にピタリと硬直した。かと思えば顔から双眼鏡を離してたがたがた震えだした。
「どうしたの、ミーナ?」
「ふぇぇ〜ん、怖いよぉ〜、あずさお姉ちゃ〜ん」
美奈は泣きながらあずさにしがみついていた。
「何か怖いものでも見たの?」
あずさは美奈の頭をなでながら、美奈が見ていた方を双眼鏡で眺めてみた。
「げっ!」
「あずさちゃん、女の子が、げっ! なんていうもんじゃないよ」
留美があずさをたしなめる。
「あ、すいません」
「それで、何が見えたの?」
「それは……聞かない方がいいと思います」
「もう、そんな言い方されたら気になるじゃない」
「言わなきゃダメですか?」
「ダメ〜♪」
あずさは溜息をついてから話しだした。
「実は、その、たくさんのムキムキなマッチョの男の人がポーズを決めていて」
「うぐっ」
食事をしていた留美の手が止まった。
あずさと美奈が見たのは、窓から見て右端に位置していたビルの窓。その向こう側に、スキンヘッドで上は裸、下はトレーニングパンツの、鍛え上げられた筋肉質の大男たちがポーズをとっていた。さりげなく歯も光っている。
「くすん」
「よしよし、もう怖くないからね、ミーナ」
美奈はようやく落ち着いてきた。
「あれ、留美さん、食べないんですか?」
「何か食欲なくなっちゃった」
確かにマッチョは食事中に見たい光景ではないだろう。
「はあ。ところで、今日ってオーナーと涼子さんのお見合いなんですよね?」
あずさがようやく本題に入った。
「うん。そう聞いてる」
「だったら、涼子さんの向かいに座ってた人たちって誰なんでしょうね?」
「う〜ん、誰なんだろうね?」
「もしかしたら、あの人たちとお見合いだったんじゃないですか?」
正解。
「そうなのかなぁ。ま、どちらにしろみんなが来てからだね」
3人は一息つくと窓に視線を移した。例のビルは見ないようにして。
見合いは何事もなく進んでいった。
世間話に時々プライベートな話題が混ざる。それでもあまり立ち入ったところまでは及ばない。
涼子と源八よりも、付き添いである泰男と健平の方がよく喋っているのが変な構図だった。
「今のところ、向こうにも動きはなし、ね」
留美が時折双眼鏡で涼子たちのテーブルの様子を見る。
もちろん見ていることが向こうには気づかれないように細心の注意を払いながら。
Bubububu…………
そのとき、留美の携帯電話が着信を告げた。音で涼子たちに気づかれないようバイブ機能にしてある。
「もしもし、留美です……うん、わかった」
留美は電話を切るとあずさたちの方に向き直った。
「葵ちゃんたちが、今入り口前にいるって」
「じゃあ、私が行って来ますね」
あずさが席を立つと、葵たちを迎えに行った。
先ほどこの場所を教えるために連絡したとき、留美たちを捜して下手にうろうろしているところを涼子たちにみつかることがないよう、着いたら入り口のところで連絡する。そしたら留美たちの誰かが迎えに行く、という手はずになっていたのである。
それからほどなくして、葵、耕治、歌鈴が合流を果たした。
「アハハ、お待たせ〜♪」
「葵さん、顔赤くありませんか?」
「や、や〜ねぇ美奈ちゃん。そんなことあるわけないじゃない」
「あの、涼子さんたちの向かいに座ってる人たちなんですけど、もしかしてあっちの人たちとのお見合いだったんじゃ?」
耕治が先ほどあずさが口にしたのと同様の疑問を話した。
「どうやらそうみたいなのよね」
あずさが答える。
「もしかして、美奈たち勘違いしてたんですか?」
「もしかしなくても、そうみたいだね」
美奈の疑問には留美が答えた。
「すいません、私のせいです」
歌鈴が謝る。そもそもの原因は彼女の立ち聞きにあるのだから。
「まぁまぁ。これはこれで、面白いからいいじゃない」
留美がフォローする。
「ちょっと待って」
「何ですか、葵さん?」
あずさが尋ねる。
「確かに見合い相手に関しては歌鈴ちゃんの勘違いだったけど、涼子が望んでない縁談を持ち駆けられてるってことに変わりはないと思うの」
「そういえば……そうですねぇ」
美奈が頷く。
「だから、引き続きお見合いぶち壊し作戦は実行するべきだと思うの」
「そう、そうですね」
「それに、この話を持ってきたお父さんも成敗しなくちゃいけないし」
歌鈴と留美が早速乗ってきた。
「まだやるんですか?」
「「当然」」
げんなりしたように言う耕治だが、葵と留美に押し切られた。
「私たちも付き合います。ね、ミーナ」
「はい」
あずさと美奈は開き直っているようだった。
「それにしても、お兄ちゃんたち遅いなぁ。何やってるんだろ?」
留美は祐介の携帯電話にかけてみた。
「お兄ちゃん、何やってるの?」
祐介は出たようだった。
「もう、留美だよ。で、何やってるの?」
…………………………。
「だから、留美だってば。そういえば、何かうるさいけど今どこにいるの?」
…………………………。
「はぁ、もういい」
留美は電話を切った。
「どうしたの、留美ちゃん?」
葵が何事かと尋ねる。
「何か、よく聞こえてないみたい。ここで大声出すわけにもいかないし……ちょっと外で話してくるね」
そう言うと、留美は一旦席を立った。
パラパラコンクール会場の盛りあがりはピークに達そうとしていた。
「店長! 電話、何だったんですか!?」
早苗が祐介の耳元で少し強めの声で話しかける。そうでもしないとかき消されてしまう。
「いや、何言ってるんだかさっぱりわからなかった!」
留美からの電話の声も、会場の騒音によりすっかりかき消されていたのである。
「ここから出るかボリュームを最大にしないとこの状況で携帯で話すなんて無理ですよ!」
潤が指摘する。
「はは、そうだね!」
会場の雰囲気に毒されかかっているのか、そこまでは頭が回らなかったらしい。
「そろそろ出ようか!」
寄り道してから15分ほどが経過していた。
「あの! つかささんが見当たらないんですけど!」
「「え!!?」」
早苗の声に振り向くと、確かに先ほどまで早苗の隣にいたはずのつかさの姿が消えていた。
「どこいったんでしょうね!?」
潤が心配そうに言う。
そんなとき、司会者の男性の声が響き渡った。
「さぁ、次いては、飛び入り参加! 何と! コスプレクィーンにも輝いた、榎本つかさちゃん!! 曲は、GO! GO! ウェイトレスだぁぁ〜〜〜っっ!!!」
うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!
場内の歓声がひときわ大きくなった。
「今、何て言いました!?」
「榎本君が飛び入り参加って!」
確認を取る潤に祐介が答える。
音楽が始まる。
舞台を見ると、そこに立っていたのはつかさだった。
飛び入り参加ということもあり特別な衣装は着ていないが、笑顔とハイテンションで魅力を十分に表現している。
うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!
彼女の軽快な舞にまたもや歓声が上がった。
「つかささん、可愛いです」
早苗が感心したように言った。
「はぁ、何やってるんでしょうね、ボクら」
潤も溜息をつきながらも見とれていた。
「フフフ、ロマンだ」
祐介は意味不明な台詞を呟いていた。
Chalalalala la〜lalalala〜〜♪
そのとき、祐介の携帯電話がまた鳴った。ちなみに着信メロディはICED TEAである。
「はい、木ノ下です」
今度はボリュームを最大にしてから出た。
「お兄ちゃん! 何やってるの!」
その大音量に、祐介は思わず耳を離した。
「る、留美。もしかして、さっきの電話もおまえか?」
「そう! で! 今、どこで何やってるの!」
なおも留美は大声で話している。
「い、いや〜、今、ちょ〜っと立てこんでて。ははは……」
「何よそれ!?」
「それは、その、とにかく、すぐ向かうから。じゃ」
「ちょっと! お兄ちゃ――――」
祐介は一方的に切ってしまった。
うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!
そのとき、大歓声に包まれてつかさのパラパラが終わった。
「さて、榎本君が戻ってきたら行くか!」
祐介組はようやく動きだしそうだった。
三島デパートの屋上のには、日本庭園が作られている。最上階のレストラン街で食事をしたお見合いやデートのカップルが利用することを想定して作られた。
涼子と源八も例外なくそこに来ていた。周囲に他のカップルの姿はない。
複数のカップルが利用できるように、その敷地はかなり広めに作られているのである。
欠点としては、少々浜風が強いということがある。
涼子と源八はのんびりとその庭園を歩いていた。
庭園に来てからはお互い言葉を交わしていない。
涼子は悩んでいた。
向こうは自分に好意を持っている。
形だけのお見合いとはいえ、どうすれば向こうをできるだけ傷つけずに断れるのか。
こういった経験のない彼女はどうすればいいのかいい考えが浮かばなかった。
(やっぱり葵に相談すればよかったかな? でもあの子のことだから、こんなこと話したら絶対ついてくって言っただろうし。ダメって言ったところでこっそり様子を見に来ただろうし)
涼子の予感は的中していた。さらにお見合いをぶち壊そうとまでしているのだが、そのことを彼女はまだ知らない。
しばらくして、源八の方から沈黙を破った。
「今日は本当にすいませんでした」
「い、いえ」
「父のわがままに付き合ってもらっちゃって」
「え? あの……」
涼子が聞いた話では息子の源八の方が見合いに熱心ということだった。
「どうしました?」
「いえ、その………」
源八が涼子の様子をいぶかしむが、涼子はどう答えていいのかわからない。
「大方、父から僕があなたに一目惚れしたので見合いしてもらいたい、とでも聞かされてたんでしょうね」
「どうして……」
「まったく、あの人は……」
「あの?」
涼子には事情がよくわからない。とはいえ訊くのも憚られた。
「父は最近やたらと僕を結婚させようとするんですよ。まあ、30になったことだし早いとこ身を固めてもらいたいと思ってるんでしょうね」
「はあ」
「それで見合い話を持ってくるんですが、先方には僕が見合いに熱心だって伝わってるみたいなんですよね。要するに、父の照れ隠しというやつですよ」
「そうだったんですか」
「それに、僕には好きな人がいるんです」
源八は視線を少し上空に向けるとかすかに聞こえるくらいの小さな声で言った。
「とはいえ、7歳年上で、現在海外赴任中。父にも話してるんですが、いつ帰ってくるかもわからないような人じゃあ納得できないんでしょうね」
ここで一息つくと、再び涼子の方を向いた。
「申し訳ありません、こんな形だけのお見合いにつきあわせてしまって」
「い、いえ、その……私の方もそのつもりでしたので」
再び頭を下げる源八に対し、同じように形だけという負い目があった涼子も安心したのか打ち明けた。
「そうでしたか。いや、気を悪くしたらと心配だったので、よかったです」
2人は笑い合った。
「あの、諸星さん?」
「はい」
「その……男の方から見て、年上の女性はどう映りますか?」
「あの、質問の意味がよくわからないのですが?」
「えっと、その、年の差というのは気になるものなのかな、と」
涼子は俯いてしまっている。
「そんなことはないですよ。本気で好きになれば、年齢や経歴なんてものは基準になりませんって」
「そ、そうですか」
涼子は顔をあげる。そこにはほっとしたような表情が浮かんでいた。
「僕からも1ついいですか?」
「はい」
「女性から見て、年下の男性はどう映りますか?」
「え? それは、その……」
涼子は再び俯いてしまう。
「つまりは、そういうことです」
「諸星さん!」
にやにやとした笑みを浮かべる源八に、その意図に気づいた涼子が思わず声を荒げた。
庭園のしげみから涼子と源八の様子をうかがう5つの影があった。
葵、耕治、歌鈴、あずさ、美奈の5人である。
涼子と源八、泰男と健平、と見合いグループが分かれると、それを見張っていた葵達もそれぞれ分かれることにした。
このとき耕治を除いた5人が涼子と源八の方を見張りたがった。耕治は1人で泰男達の方に行くことを申し出たが、そのとき、あずさ、美奈、留美が耕治に着いていくと名乗り出たため耕治は涼子達の方に組み込まれることになった。結果、ジャンケン合戦で敗れた留美が単身泰男達を見張ることになったのである。
「う〜ん、何話してるんだろうね?」
「ここからじゃ聞こえません」
あずさと美奈が焦れたように言う。
少々の距離と風のせいで、涼子達の会話は5人の元には届いていなかった。
「やっぱり行動あるのみね」
「でも、どうするんですか? 涼子さんの前でお見合い相手の人に何かするわけにもいかないでしょう」
言い切る葵に耕治が策を尋ねる。
「私に考えがあります。前田さん」
歌鈴が耕治を指した。
「な、何ですか?」
「あなたがあの2人のところへ行き、涼子さんの恋人として名乗り出るんです」
「「「「えぇぇ〜っ!!」」」」
歌鈴の提案に、他の4人が驚きの声をあげる。
「何なんですか、それは!?」
あずさが歌鈴に掴みかかる。
「大丈夫ですよ、留美さんには内緒にしておきますから?」
「何ですか、それ?」
歌鈴の言葉の意味がわからず、耕治は尋ねた。
「え? だって前田さんは留美さんの恋人なんですよね?」
…………………………。
「ま、前田君っ!?」
「耕治さん、どういうことですか!?」
一瞬の沈黙の後、あずさと美奈が耕治に詰め寄った。
「知らん! 俺は何も知らん!」
「何か、前にもこんなことがあったような……歌鈴ちゃん、やっぱりそれって留美ちゃんから聞いたの?」
「そうですけど」
騒いでいる3人を尻目に葵が歌鈴に尋ねると、予想通りの答えだった。
「留美さんもなのね」
あずさが溜息をついた。
「とにかく、前田さんの彼女には内緒にしておきますから」
歌鈴が話を戻し、耕治を押し出そうと背中に両手を置く。
「いや、俺今フリーですけど」
「だったらなおさらオッケイですね。まぁ今だけは涼子さんのナイト役になってください」
歌鈴が両手に力をこめた。
「だから、そもそもそういう問題じゃなくて!」
「何か問題があるんですか?」
なおも口を挟むあずさに対し、歌鈴は首をかしげる。
歌鈴はあずさや涼子達の耕治に対する気持ちを知らないのである。もし知っていれば歌鈴はこのような策は用いないだろうが、耕治の前でそのことを教えることは、あずさや美奈にはできなかった。
「りょ、涼子さんに後でどう説明するつもりなんですか?」
だから、あずさはそう突っ込んだ。
「私と葵さんとで何とかします」
「あ、アタシも?」
葵が顔をしかめる。控えめな性格の涼子だが、葵に対しては容赦がない。
しかし、そのことも歌鈴は知らないのである。
「無知は罪なり、ですね」
美奈のこの言葉は歌鈴だけに向けられたものなのか。
「というわけで、前田さん、GO!」
「わっ!」
歌鈴は行ってこいとばかりに耕治をしげみから押し出した。
(ど、どうすりゃいいんだ俺?)
1人投げ出された耕治はおろおろするしかない。
「前田君?」
そんな耕治に声がかけられた。
「りょ、涼子さん……」
「どうして前田君がこんなところにいるの?」
涼子は耕治の方に歩いて来ながら話しかける。
「え、ええと、それはですね………」
耕治は葵たちの方へと視線を移すが、彼女らはそこにいなかった。
涼子が耕治の方に来たことを察知して、耕治から死角となるところに身を隠したのである。
(うわぁぁぁぁ、すっごくピンチってやつですか、俺?)
耕治は混乱しかかっている。
そのときだった。
「そうか!」
涼子に着いてきた源八が声を張り上げた。
「双葉さん!」
「はっ、はい!」
大声につられてか、涼子の返事も大きくなった。
「彼が双葉さんの恋人ですね!」
…………………………。
「あ、あの、諸星さん?」
涼子は呆然としている。耕治がこの場に現われたのもそうだが、いきなり耕治を自分の恋人だといわれたのだから。
「形だけのお見合いとはいえ気になってここまでやってくるなんて、前田君だったっけ、そこまで双葉さんのことを思っているんだね!」
「あの〜…………」
(何なんだ、この人は?)
「いや、何も言わなくていいんだ。僕は今猛烈に感動している! そうだ、僕を2人の仲人にさせてくれ!」
源八は耕治にも口を挟む暇を与えない。
「さぁ、そうと決まれば善は急げだ! すぐに結婚の段取りに移ろう!」
「ちょ、ちょちょちょちょ〜〜〜〜〜っと待ってください!」
源八が耕治と涼子を引っ張っていこうとするところで、ようやく耕治が口を挟めた。
「どうしたんだい?」
「な、なんでいきなり恋人とか、さらには結婚とかそういう話になるんですか!」
「君がここまで来るということからして君達の絆は深さを感じたからさ。これほどの絆なら、結婚は早い方がいい。僕みたいにずるずる引きずって30過ぎまで延びるのを黙って見ているのは忍びないからね」
ずいっと詰め寄ってきた耕治だが、源八はそれを軽く笑顔で受け流した。
(何つー無茶苦茶な理由だ)
「…………………………」
「というわけで、父達に報告に行こうか」
耕治の沈黙を肯定と解釈した源八はあらためて耕治と涼子の手を取ると歩き出した。
実際は彼の支離滅裂な論に呆然とするあまり何も言えなかっただけなのだが。
「だから、違うんですって。涼子さん!」
耕治は涼子の方を見るが、涼子はただ顔を真っ赤にして俯いていた。
そのとき、側のしげみからがさがさという音が聞こえてきた。
(まさか、葵さん達?)
耕治のその予感は外れた。
「源八!」
「父さん……」
「源八、話は全て聞かせてもらった」
「ということは、あれからこっそりつけてたんだ」
「う……まあ、そんなことより。彼と双葉君のこと、私もいたく感動したぞ」
「いや、それはいいんだけど、ずっと覗き見してたんだ」
源八は少し怒っていた。
「ま、まぁ、いいではないか、私だけではないんだし」
健平は開き直った。
「何だよ、その私だけじゃないって」
「ほら、そこのしげみに4人組のお嬢さん方が」
((((やばっ))))
健平が指差したしげみの向こう側にいたのは当然、葵、あずさ、美奈、歌鈴の4人である。
彼女らは慌てて逃げ出そうとしたのだが――――。
「むっ……でやっ!」
健平が自分のはいていた靴を投げつけた。
靴は直線的に飛んでいき――――。
カーン!
葵を直撃した。
「わーーっ!!」
ぐしゃぐしゃっ
靴は葵を直撃。それによってよろめいた葵が他の3人を押し倒す形になった。
「はぁ、アタタ」
「うぅ、ミーナ、大丈夫?」
「早く逃げないとみつかっちゃいますよ」
「あずさお姉ちゃ〜ん」
「葵! それにみんな!」
上からの声に顔を上げると、涼子達が見下ろしていた。
「りょ、涼子……アハハ〜、偶然ね〜」
葵が立ち上がり、頭を掻きながら言う。
「ミエミエの嘘はよしなさい」
涼子の声は冷たかった。
「涼子さん、これはですね――――」
あずさが弁解を試みる。
「ど〜いうことなのか説明してもらいましょうか?」
涼子は仕事ではどんなにミスをしても決して見せることのなかった表情をしていた。ただ怖かった。
風は強まっていないのに、空は晴れているのに、なぜか吹雪が訪れたように一同は思えた。
(日野森の怒りが炎なら、涼子さんのはまさに氷だよな)
涼子の怒りに怯えながらも、耕治はそんなことを考えていた。
祐介達4人はレストラン街にようやく到着していた。
「ずいぶん遅れちゃったね」
「つかさちゃん、その原因が誰かわかってて言ってる?」
のんびりした様子のつかさに潤がジト目で突っ込む。
「まあまあ。とにかく急ぎましょう」
早苗が2人をなだめていたとき、先頭の祐介が足を止めた。
「親父……」
「「「え?」」」
4人はばったり泰男とばったり鉢合わせしていた。
「祐介……どうしておまえがここに……それに後の人達は、中杉通り店のメンバーじゃないのか?」
「親父……俺、親父のこと見損なったよ」
祐介は泰男の問いには答えず詰め寄る。一人称が普段使っている『私』から以前使っていた『俺』になっている。
「何の話だ?」
「母さんを忘れろとは言わない。再婚にも反対じゃない。だけどな、どうして双葉君なんだよ!」
「は?」
「オーナーの権力使って双葉君の気持ちも無視して後妻にしようだなんて、そんな汚いやつだったなんてな!」
「おいおい、何言ってるんだ?」
「とぼけるなよ!」
祐介が泰男の胸倉をつかんだときだった。
「お兄ちゃん!」
「「留美」」
物陰から留美が飛び出してきた。
ずっと隠れて泰男の様子を覗っていたのである。
「お兄ちゃん、みんな、ちょっと」
留美は祐介達を引っ張っていくと、泰男と涼子のゴシップは勘違いだったことを話した。
「歌鈴ちゃんの勘違い?」
「ボク達何やってたんでしょうか?」
「何のためにお店休みにしたんでしょうね?」
「待ってみんな。どちらにしろ、見合い話を持ってきた時点でお父さんは有罪なの」
「ということは?」
「そうよお兄ちゃん、みんな。ここで天誅を下すの」
「はぁ」
留美が力説するが、祐介とつかさはまだしも潤と早苗のテンションはかなり下がっていた。
「君達、何を話してるんだい?」
方を寄せ合いひそひそ声で話していた留美達に泰男が声をかけると、真っ先に留美が振りかえった。
「お父さん」
「何だ?」
「覚悟!」
留美が拳を振り上げて泰男に殴りかかろうとしたときだった。
「やめなさい!」
静止する声に、留美を始めとしてその場にいた全員がその方を見る。そして、凍りついた。
「あなた達という人は! 特に店長! お店を休みにするなんて、どういうつもりなんですか!」
先ほどとは別のレストランで、オーナーの魔の手から涼子を救え作戦遂行決死隊の隊員達は、涼子からきつ〜いお説教を受けていた。
「まぁまぁ、双葉さん、その辺で――――」
「諸星さんは黙っててください!」
止めに入った源八だったが玉砕した。
源八だけでなく、涼子と同じ側に座っている泰男と健平も止めようとしたのだが、やはり一蹴されていた。
「で、でも涼子さん」
それまで黙っていたメンバーの中で、歌鈴が話しかけた。
「何かしら?」
涼子は冷たい声で問う。
「みんな、涼子さんのことが心配だったんです」
「え?」
「涼子さん、仕事の都合だけでお見合いさせられるんだって、私が立ち聞きして勘違いして、事実より悪い方に考えちゃって。それを中杉通り店のみなさんや留美さんに話したら、涼子さんが望まない結婚をさせられるのを黙って見ていられないって」
歌鈴は真剣な表情で話続ける。
涼子の冷たい表情が心なしか崩れてきていた。
「だから、決して遊び気分でこんなことしたのではないんです。それだけはわかってください」
涼子は戸惑った表情になっている。
「涼子、ごめんね、アタシが変に張り切って、みんなを巻き込んじゃって」
「葵…みんな………」
「双葉君」
そんな彼女の肩を隣に座っていた泰男が軽く叩いた。
「いい仲間達じゃないか。同じ職場の人間のために、こんなにも親身になってくれたのだから」
「……………はい………みんな、ありがとう」
涼子がようやく微笑んだ。それにつられて他の面々からも微笑みが出始めた。
「でも、それとお店を休みにしてまでここに来たことは別問題ですからね」
笑顔のまま発せられた涼子のこの言葉に、一同の微笑みは凍りついた。
お説教はまだまだ終わなかった。
お見合いの日と同じ週の土曜日、耕治が社員寮、コーポPiaに戻ると入り口前に1台のトラックが停まっていた。
よく見ると、引越し業者のトラックだった。荷台から出された荷物が次々と寮の中に運ばれていく。
その様子を哲弥が塀に寄りかかりながら眺めていた。
「よう、坂巻」
「あ、耕治さん」
「おまえの荷物か?」
「はい、実家にあったのを運んでもらいました。しばらくここにいることにしましたので」
「そうか。本格的に家出か」
「本格的にって……まあ、そうですね」
「ちゃんと学校行ってるか?」
「学校は……別の高校受け直します」
「何? そうなのか?」
「はい。今の学校の授業料、おれ1人で払える額じゃないし、結局、好きになろうとはしたんですけどダメったんですよね、あの学校」
「そうか……」
耕治と哲弥がそんな会話をしていたときだった。
「ひい、はあ、ふぅ……何で、アタシが、こんなこと……」
疲れた声が聞こえてきた。
「あ、葵さん、何でそんなことしてるんですか?」
声の主は葵だった。業者に混じって引越しの荷物を運んでいたのである。
「涼子さんが言ったんですよ。葵さんに手伝わせるようにって」
葵に代わって哲弥が答えた。
「いいのか、そんなこと?」
「おれも業者さんも最初は断ったんですけどね。ただ………涼子さん、すごく怖い雰囲気で言うんで」
「あ〜、何か納得」
「2人とも、黙って見てないで助けてよ〜」
「ダメですよ。涼子さんから、絶対に手を貸すな、葵さんを甘やかすなって釘さされてますから」
葵が懇願するが、哲弥は申し訳なさそうに断った。
「涼子〜覚えてなさいよ〜!」
葵は涼子への恨みを述べながら荷物運びを再会した。
耕治と哲弥は苦笑しながらその様子を眺めていた。
次回予告
美樹子:まいどー! 今をときめく新鋭マンガ家、篠原ミキこと篠原美樹子です。
今日は、みなさんからのおたよりを紹介しちゃいま〜す♪
バルセロナにお住まいの、ペンネーム、あずさLOVEさん、10歳の女の子から。
『私は日野森あずささんの大ファンで、彼女に憧れています。
私もあずささんのようになりたいと思っているのですが、どうやったらなれますか?』
う〜ん、こういうのはあまり自信ないんだけどなあ………とりあえず………。
朝5時に起きて早朝マラソン、毎食ちゃんこ鍋を5人分食べて、
腕立て伏せ、ヒンズースクワット、腹筋背筋1万回を日課にしてみてください。
実践訓練には、町のチンピラに進んで勝負を挑みましょう。
町の治安維持にも役立って一石二鳥です。
次回、Muchos Encuentros 第6話『ラヴ・イリュージョン』。お楽しみに。
さて、帰って原稿の続きやろっと。
○○○:ちょ〜っと待ったぁ!
× ×:次回はあたしたちが!
△ △:登場しま〜す!
美樹子:あなた達は、え〜っと、か○ま○娘だっけ?
3 人:うちら陽気な、って、違ーーうっ!!
あとがき
こんにちは、朝はぱっと起きられるのに昼寝の後は寝起きの悪い笛射駒です。
前回からずいぶん間隔が空いてしまい、かなり反省。
さらに、遊んでいると話が逸れて逸れて、結局長くなりました。
おかげで前回のあとがきに書いた、愛理が祐介の奥さんということへのフォローは次回以降に持ち越し。
涼子の見合い相手、諸星源八(もろぼしげんぱち)という名は、
笛が以前に観た演劇の登場人物の名を少し変えたものです。
笛が、『これが本当に人を笑わせることなんだな』ということをものすごく感じ取った作品です。
今回のエピソードもその影響が出ています。
さて、次回からは新エピソード。メインはあずさと潤でお送りします。
王道ものです(多分)。
それでは、お付き合いいただきありがとうございました。