Original Works 『Kanon』



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 Kanon Short Story






 秋子さんの謎ジャム攻撃に身を晒して、あたしと美汐さんを守った真琴ちゃんはりっぱだった。

 今度のおやつは肉まんの差し入れでもして上げようかしら?

 もちろん、中には当たり付きを混ぜるのはお約束だから楽しみだわ。

 ……話がいつの間にか違う物に変わっているわね。

 単純……素直な真琴ちゃんは美汐さんに乗せられちゃったけど、大丈夫でしょう。

 美汐さんは舞さんに負けず劣らず勘が鋭いから、あゆちゃんの言いたかった事は最初から解っているみたい。

 彼女にしてみれば背中を押してくれる人、それを待っていたのかもしれない。

 まあ、あゆちゃんが一番だったので素直に認めたくないのが本音って所かな?

 クールに見えて実は照れ屋さん、そこが美汐さんの魅力の一つだって言ってみようかしら……面白そうだわ。

 赤面する美汐さんは結構可愛いから……ってどうしてそっちに話が行くの!?

 あたしはノーマルなのよ、祐一の妻で祐香と祐理の母親なんだからそっちの気は無いのよ!

 と、とにかく、あゆちゃんの思いがみんなに伝わっていったのは嬉しい事よね。

 次はやっぱり栞かしら……あの娘は以外に簡単かもしれない。

 「はい、解りました」

 「……って栞、いつの間に!?」

 「さっきからお姉ちゃんがぶつぶつ言っている所からです」

 「あ、あたし、独り言言ってた?」

 「はい、これはとうとう逝っちゃったかなーって、まあそれならわたしが祐一さんの妻に……」

 「栞、あなたに食べて貰いたいアイスが有るんだけど、しかも食べ放題よ?」

 「え、えう〜、お姉ちゃんの手作りは遠慮します」

 「あらそう、せっかく栞のアパートまで行って、冷凍庫の中身交換してきたんだけど」

 「な、なんて事するんですかー!」

 「部屋に帰ったらよく味わって食べてね♪」

 「そんな事言う人嫌いですー」

 と、一通りの姉妹のスキンシップを終えた所で、久しぶりに栞と二人で話す。

 「さすがに栞も少しは解っているみたいね?」

 「んー、まあいくら何でもお姉ちゃんの幸せを壊すなんて出来ないですよ」

 「いつも家に来て、祐一にまとわりついてアイスねだっているだけで、充分波風立ってるんだけど?」

 「祐一さんがお姉ちゃんに、飽きが来ない様に刺激しているだけですよ」

 「ありがと、でも祐一に飽きさせない努力はしてるわよ」

 「くすくすっ、看護婦さんの格好で?」

 「それは忘れてちょうだい、人生最大の汚点だったわ」

 「酔っぱらって記憶が無いんだから良いじゃないですか」

 「ビデオで残っていれば同じよ!」

 あれだけは消してと秋子さんに頼んだのに、DVDになってしかもタイトルが付いてたわ。

 「えーっと、確か『ナースエンジェル★かおりん』でしたっけ?」

 「あーもー、それも忘れなさい!」

 「楽しみだね、優香ちゃんと祐理ちゃんが大きくなった時にそれを見たら」

 「栞、見せたらどうなるか解っているんでしょうね?」

 「わたしはそんなに愚かじゃないですよ、ただバニラアイスが食べられれば構いません♪」

 「言ったわね……ふふふっ」

 「言いました……くすくすっ」

 お互い、紅茶を飲みながら目を合わせて微笑む……栞も女の顔になっている。

 「わたしは大丈夫です、少なくても祐香ちゃんや祐理ちゃんを悲しませたく有りませんから」

 「栞……さすがは二人のおばさんなだけ有るわね、感心したわ」

 「お、おばさん?」

 「あらっ、だってあたしの娘なんだから栞にとっては姪、つまり『おばさん』って事よ」

 「こ、この年でおばさんだなんて、そんな事言う人……」

 「あたしじゃなくて大きくなった娘が言うけど、栞おばさんって?」

 「え、えう〜、こうなったらわたしも早く結婚して子供作って、その子にお姉ちゃんの事『おばさん』て

 言わせてみせますー」

 「ふーん、命懸けるなんて栞もずいぶん大人になったのねぇ……ふふふっ」

 軽口言いながら笑う栞の目が少し潤んでいたけど、笑っている所為だと思って何も言わなかった。

 もう、大人になったから心配しなくても大丈夫だよと、その笑顔があたしに教えてくれた。

 なんだか少し寂しいかなぁ……これって祐一があゆちゃんに感じた気持ちと同じものかしら。







 かおりんの夢は止まらない♪ 第九話






 Presented by じろ〜






 ばん!

 「みんな……なんで、どーしてっ!?」

 大好きなロシアンティーが机を叩いた衝撃で零れてしまっても、名雪は気にも留めずに叫んだ。

 みんなが集まって、あたしに今の気持ちを改めて伝えてくれた中、一人取り残された名雪は驚愕していた。

 「名雪さん、名雪さんにも本当はどうしたらいか解っているんだよね?」

 「わ、わたしはっ」

 「そんな事無い、名雪さんは解っているはずだよ」

 「あゆちゃん……」

 あゆちゃんの真剣な眼差しが、名雪の心を見抜く様に見つめるが、名雪は視線から目を反らしてしまう。

 「そんなの、わたし解らないよ……」

 そう呟いて座り直すと、名雪は俯いてそのまま黙り込んでしまう。

 肩を震わせている名雪に、あゆちゃんが静かに諭す様に言葉を掛ける。

 「名雪さん、このままじゃダメだって解るよね、だから……」

 「いやっ!」

 「名雪さん!」

 真剣に大きな声を出すあゆちゃんは見るのが初めてだった。

 「嫌だよ! わたしはみんなみたいに諦めるなんて出来ないよ!」

 「それは違う、名雪」

 「そうですよ、名雪さん」

 舞さんと佐祐理さんがすぐに否定するが、名雪の口からは言葉が止まらない。

 「どこが違うの? だって祐一の事、好きじゃなくなったんでしょ?」

 「あうーっ、そんな事言ってないよー、名雪!」

 「そうですよ、名雪さん」

 真琴ちゃんも美汐さんも力強く否定する、でも名雪の言葉は堰を切った様に止まらない。

 「みんな言ってる事がおかしいよ!」

 「落ち着いてください名雪さん、みんなの話を聞いてください」

 「聞きたくない、聞きたくないよ!」

 「名雪!」

 あたしの声を振り切って家から出ていった名雪は、戻ってくる事はなかった。

 でも、すぐに秋子さんから電話があり、部屋に閉じ隠ってるから暫く時間を上げてと言われた。

 その言葉をみんなに伝えたら、神妙な表情で頷いた。






 「やっぱりそうか……」

 「うん、解ってはいたんだけど……」

 仕事から帰ってきた祐一に昼間の事を話すと、難しい顔をしていた。

 言った後、少し俯いたあたしを祐一はそっと抱きしめて、背中を優しく撫でてくれた。

 「大丈夫、香里やみんながした事は間違ってないから……」

 「うん」

 「ほらっ、元気出さないと襲っちゃうぞ?」

 「ば、ばか……」

 「辛いのは解る、でもな香里が笑顔じゃないと娘たちが心配するからな」

 「そうね……ごめんなさい」

 「しょうがないな、俺の元気を分けてやろう」

 「んんっ……あ」

 最初は優しく口にキス、次に瞼や頬にもしてあたしの髪の毛を指で梳きながら、耳元で愛してるって何回も

 囁いてくれた

 それ以上の行為にいかず、ただ心と体を包み込む様にしばらくの間、あたしを抱きしめて離さなかった。

 祐一の腕の中で苦しかった胸の中から苦みが消えて、甘く温かい物で満たされて不安は押し出されて無くなった。

 「元気になった?」

 「元気と言うよりなんか小さな子供になった気分よ」

 「ありゃ?」

 「でも、落ち着いたわ。ありがとう祐一」

 祐一は笑うけど、あたしを抱きしめて見つめたまま、真剣な顔で呟いた。

 「名雪の事なんだが、俺に任せてくれるか?」

 「え、それは……」

 「今は香里やみんなの声は聞こえないと思うんだ、だったら俺と名雪で話すのが妥当だと思う」

 「………………」

 「なんだよ、そんなにまじまじと見つめちゃって……」

 「な、何でもないわ」

 「惚れ直した?」

 「な、何言ってるのよ」

 「赤い顔して……ほんと可愛い奴だなぁ」

 「ばかっ」

 「とにかく、俺に任せてくれ」

 「うん、信じているわよ」

 あたしや娘たちの為に……ううん、きっとみんなの為に強く逞しくなった、だからみんなは昔以上に祐一に

 惹かれていたんだじゃないかなぁ……。

 そんな人に出会って恋人になって、結婚して子供を授かった……あたしは世界一幸せなんだと思った。

 後は祐一に任せてみよう、すぐには無理かもしれないけど、きっとあゆちゃんの様に名雪も笑ってくれると信じる。






 こんこん。

 「名雪、俺だ、祐一だ」

 「……………………」

 「話がある、とても大事な事なんだ」

 「……………………」

 「直接話すのが嫌ならドア越しにでも良いから話したいんだ、名雪?」

 「……………………」

 かちゃ。

 「名雪、入るぞ」

 名雪の返事を待たずに部屋の中に入った俺は、薄暗い部屋の中でベッドが不自然に盛り上がっていたのに気が付いた。

 側に近づくとベッドの脇に腰を下ろして、背中越しに名雪に声を掛ける。

 「名雪、寝てるのか?」

 「…………起きてるよ」

 「そうか、今日は夜更かしなんだな」

 「違うよ、頭の中が……ぐちゃぐちゃで、眠れないの」

 「そっか……なあ名雪」

 「うん」

 「お前は俺にどうして欲しい?」

 「えっ」

 「だからさ、お前は俺にどうして欲しいんだ?」

 「どうしてって……」

 布団の中から頭を出した名雪に振り向かず、俺は素直に聞いてみる。

 「恋人にして欲しいのか? それとも結婚して欲しいのか?」

 「そ、それは……」

 俺はゆっくりと振り向いて、涙に濡れた顔の名雪を正面から見つめて言葉を続ける。

 「ここには俺と名雪しかいない、だから遠慮しないで言いたい事言っていいぞ」

 「祐一……」

 見つめ返す名雪の目からは、まだ涙がぽろぽろ零れていたので、頭を抱え込む様に抱きしめる。

 「……っ!?」

 驚いているのか息を詰まらせる名雪の頭を、何回も優しく撫でる……もしかしたら香里以上に優しくしている

 かもしれない。

 「名雪は悪くないんだ、悪いのは俺の方だ。あの日、差し出された雪うさぎを払いのけた俺なんだ」

 「祐一……」

 「お前の思いに気が付かない、何もかも忘れていた俺が悪いんだ、だからこれ以上苦しまないでくれ」

 「祐一、祐一……」

 「泣きたかったら泣いていいんだ、責めたかったら俺を責めていいんだ……」

 「ゆういちぃ……」

 背中に手を回してしがみ付く名雪は、大きな目から涙が溢れて止まらないのか俺の胸を濡らしていく。

 「だから、だからどうして欲しい、名雪が望むんだったらなんでも応えてあげるぞ」

 その問いに答えず、名雪はただ胸に顔を付けたまま暫く泣き続け、名雪を抱きしめたまま時間が過ぎていった。

 ここに来てどのくらい経ったのだろう……ふと気が付くと、名雪は泣き疲れて寝てしまったのか静かになっていた。

 寝てると思った俺は名雪を寝かそうと思って体を離そうとしたら、背中に回っていた名雪の手が俺を押さえた。

 「わるい、起こしちゃったか?」

 「ううん、寝てないよ……ずっと起きてた」

 顔を上げた名雪の目は暗闇で解らないけどたぶん真っ赤になっていると思うけど、顔にはまだぎこちないけど

 柔らかく微笑んだ表情の名雪がそこにいた。

 「優しいね、やっぱり祐一は優しいよ……」

 「どうかなぁ、あゆには意地悪だってよく言われるぞ」

 「ううん、だってさっきの言葉、本気だったでしょう?」

 「ああ、名雪に嘘は付きたくないからな」

 「嬉しかった、今ここにいる間は祐一はわたしの事だけ考えてくれた」

 「そうだな……香里も娘たちも頭の中に無かった、名雪だけだった」

 「ありがとう、もうそれだけで充分だよ」

 「いいのか?」

 「うん、それに香里や優香ちゃんや祐理ちゃんを傷つけたくないもん」

 何か言おうとした俺の口に手を当てて言葉を遮ると、名雪は静かに言葉を続けた。

 「もしわたしが抱いてって言ったら祐一は抱いてくれたよね、例え香里を裏切る事になっても……」

 「でも、それは香里たちだけじゃなくて自分も傷つくって解ってたよね」

 「祐一を、香里たちを傷つける権利はわたしには無いし、そして自分も傷ついていたと思う」

 「名雪」

 「あゆちゃんが言いたい事、舞さんや佐祐理さん、真琴や美汐さん、栞ちゃんが言いたかった事、

 今ならちゃんと解る」

 「うん」

 「だから、わたし大丈夫、ちゃんと元気に笑えるから……」

 「うん」

 そこまで言って急にもじもじし出した名雪は、上目遣いで俺を見つめながら呟く。

 「最後に我が侭言っていいかな?」

 「もちろん、なんだ?」

 「朝まででいいの、もう一度祐一に抱きしめて欲しいの……いいかな?」

 答える変わりに俺はさっきと同じように、名雪を優しく抱きしめて頭を撫でて上げる。

 「ありがとう祐一」

 「なゆ……んっ」

 最初で最後の、名雪の思いがこもったキスを、俺は黙って受け入れた。

 「……ん、これで夢の一つは叶ったから……」

 「そっか、でも香里には内緒だぞ?」

 「わたしと祐一の秘密だね……」

 そう呟きながら微笑む名雪の目は閉じかけていた、落ち着いた所為で眠気が強くなったんだろう。

 「このまま寝ていいかな?」

 「ああ、朝になったら起こしてやる。おやすみ名雪」

 「うん、おやすみ、ゆういちぃ……すー」

 腕の中で眠る名雪の顔には涙の跡が残っていたけど、その寝顔は健やかに微笑みを浮かべていた。

 外は少し明るくなってきたけど、俺は眠らずに名雪の寝顔を見つめて頭をそっと撫で続けた。






 つづく。




 名雪の思い……ちょっとだけ祐一に届いたようです。

 でも、これが最後の我が侭です、明日からは笑顔の名雪になるでしょう。

 それにしても祐一は美味しすぎる男です、夜道には気をつけましょう(笑)

 さて、長かった彼女たちの話ですが、あとちょっとだけお付き合いください。

 いくつもの季節が巡り、時は確実に流れていきます。

 その中で香里と祐一の愛情を貰い、すくすくと育った祐香と祐理はどうなったでしょう。

 最後はやっぱりどたばたホームコメディ。

 かおりんの夢は止まらない♪最終話「あう〜、人生はしちてんばっとうなのよー……え、違う?(by真琴)」

 次回は双子が元気にサービス、サービスぅ♪

 

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