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 AIR Short Story






 ざくっ。

 振り上げた鍬が勢いよく振り下ろされて土に刺さる。

 「ふぅ……」

 流れる汗を拭いながら柳也はまた同じ事を繰り返す。

 手に握るのは刀じゃなく、軍手をはめた手で鍬で畑を耕す。

 晴子の計らいで空き地を借りて、畑仕事が柳也の日課でもあった。

 エンゲル係数が高い神尾家の食料を確保するには、これが一番安くてしかも大量に手に入る。

 神奈に勉強を教えている裏葉と違って、やる事がない柳也は力仕事をすることにした。

 これなら自分の持っている知識でもなんとかなるし、体がなまる事はない。

 「よっと」

 最近ではどんな物を植えようかと結構楽しみも見出している。

 「兄ちゃん、精が出るねー」

 道ばたから隣の畑の人が人なつっこい笑顔で柳也に話しかける。

 「いえ、うちは大食いばっかりだから」

 「そうか、それならこれをやるから持っていきなっ」

 「これはどうも」

 「なに、良いって事よ、じゃあがんばれよー」

 「さてと、西瓜は冷やして食うのが一番だな」

 足下に転がる西瓜を手際よくひもで縛ると、神奈がかぶりつく姿を想像して笑い楽しみに家に戻った。

 「おかえりなさいませ、柳也さま」

 「ただいま、隣の畑の人から貰ったんだ」

 「まあ見事な西瓜ですね」

 「ああ、冷やして食うと美味いし、神奈も喜ぶだろう」

 「それじゃ早速冷やしましょう」

 「ところで神奈はどうした?」

 「はい、美鈴さまとご一緒に勉学に勤しんでいます」

 「観鈴はともかく神奈は大丈夫なのか?」

 「はい、それはもう、神奈さま自ら教えてくれと懇願されました」

 「……拾い食いでもしたか?」

 「柳也さま、他に言う事はないのですか?」

 「あ……す、西瓜冷やしておくな」

 裏葉の細くなった目から冷たい視線を避ける様に西瓜を持って井戸のある方に走り出した。

 「……逃げましたね」

 「ふあ〜……おはようねーちゃん」

 「晴子さま、その『ねーちゃん』と言うのは止めてくださいませんか」

 「いやや〜、うちのねーちゃんなのにー」

 「だれがあなたの姉なんですか?」

 「うう〜、ねーちゃんのいけずや〜」

 と、言いつつも裏葉の足下にある西瓜に抱きつくと頬ずりをした。

 「……そのまま囓るんですか?」

 「囓るかいっ」

 「そうですか、晴子さまならそうするかと思いましたが」

 「いつまでも根に持つところから察するに……ねーちゃん嫉妬深いやろ?」

 「なんですって……」

 「図星やな、兄ちゃんも苦労してたやろな〜」

 「晴子さま、一度じっくりとお話をしたいと思いますが……」

 「んー、その内にな〜」






 The 1000th Summer Story



 Re−Birth



 Presented by じろ〜






 第九話「西瓜」






 「西瓜割りだな」

 朝食の席で往人は後ろに転がっている西瓜を横目で眺めた。

 「なんじゃ西瓜割りというのは?」

 「良い質問だ神奈、これは夏の海での伝統ある遊びだ」

 「遊びか……ふむ、やってみたいぞ」

 「観鈴は?」

 「神奈ちゃんと同じ」

 「よし、それじゃ早速人集めだな」

 「なぜじゃ?」

 「大勢でやった方が楽しいだろう」

 「うむ」

 「よし、俺が行って来るから観鈴はそっちを頼むぞ」

 「え、そっちって?」

 「水着だ」

 「あ、そうだね」

 「まあ一つ色っぽいのを期待している」

 「往人さんのえっち!」

 と、一足先に食べ終えて往人は外に出ていった。

 「よし、じゃあみんなで水着を買いに行こか〜」

 「おかーさんも買うの?」

 「当たり前や、このないすばでぃを誇らないでどうするんや〜」

 自慢の体をクネクネしながら観鈴に見せつけるが、あまり意味がない事に気がついてない晴子である。

 ちなみにこの町には晴子に見合う男性が極力少ない事が、彼女の頭の中にはない。

 「ねーちゃんも色っぽいの着て兄ちゃんに見せつけるんや、きっと惚れ直すで〜」

 「その呼び方は止めてくださいと、それにその色っぽいというのは……」

 「まーまー、まずは見にいこや〜」

 「ちょ、ちょっと離してくださいっ」

 「いくで〜」

 晴子に問答無用で引っ張っていかれた裏葉を呆然と見つめていた観鈴、神奈、柳也はやれやれと言った感じで

 すぐにその後を追っていった。






 まず往人が来たのは駅舎の所である。

 近づいていくと美凪とみちるがシャボン玉を膨らませて遊んでいた。

 「あー、国崎往人だー」

 「……おっはー」

 「往人様と呼べいみちる、それにおはよう遠野」

 「べろべろべ〜」

 「ふん、寛大な俺様だから今のは見なかった事にしてやろう」

 「なぎー、国崎往人がおかしいぞー」

 「…………暑いから」

 「遠野、なにげに酷いぞ」

 「…………てへ」

 「まあいい、ところで遠野は水着を持っているか?」

 「…………ぽっ」

 「にょへー、なぎーに変なこと言うなー!」

 がつん。

 「ぐぉ……って勘違いするな!」

 がきん。

 「ひょげー」

 「……ったく、話が進まないから暫く黙っていろ」

 「べろべろべ〜」

 一通りの通過儀礼みたいな物を済ますと、美凪を見て改めて話し出した。

 「実は西瓜割りをしようと思ってな、せっかくだからみんなで遊ぼうと誘いに来たんだ」

 「……西瓜割りは好き」

 「みちるもいくー!」

 「ああ、とにかく水着を着て砂浜に集合だ」

 「…………悩殺します(ぽっ)」

 「のうさつのうさつー」

 「誰を悩殺するのは聞かないが、じゃあ後でな〜」

 同じ頃、神尾家の一同は水着売り場で色とりどりの水着を見て回っていた。

 「これなんかどうや?」

 水着を見ていた裏葉に晴子はニシシッと笑って目の前で広げて見せる。

 「こ、これが身につける物ですか!?」

 「ひもじゃな」

 「おかーさん、それは恥ずかしいよ」

 「くくっ、惚れ直すぞ裏葉」

 「柳也さま!!」

 耳まで真っ赤になって叫ぶ裏葉が妙に可愛く見えたので、それを着なくても柳也的には満足だった。

 「まあ冗談はさておき、選ばないと時間ないでー」

 「誰が手間を取らせているんですか?」

 「ねーちゃん」

 「だからそう呼ぶのは止めてくださいと申したはずです!」

 「ええやん、ねーちゃんの方が親しみやすいし、なー神奈ちゃん」

 「うむ、実は余もそう呼ぼうかと……」

 「神奈さま、それだけはお止めください」

 「残念じゃ」

 「おーい、ねーちゃん」

 「柳也さまーっ!!」

 そう言って逃げ出した柳也を追いかけて、真っ赤な顔のまま裏葉は行ってしまった。

 「じゃーない、ねーちゃんの水着はうちが選んでおくから観鈴は神奈ちゃんの頼むで」

 「わたしでいい?」

 「うむ、観鈴の選んだ物なら喜んで着るぞ」

 「にはは〜、観鈴ちんがんばるねー」

 二人して楽しそうに水着を選んでいる後ろ姿を見て、観鈴の事はもう心配ないと感じた。

 でもそれは親離れにも似た感じがして、ちょっとだけ晴子の心は切なかった。






 「おらー客だ、茶でも出せー」

 とすとすっ。

 挨拶もせずに霧島診療所の中に入っていった往人の顔をかすめて、開きかけのドアにいい音を立てて

 メスが突き刺さった。

 あくびをしながらやってきた聖は、口をパクパクしている往人をぼーっと見た。

 「こ、こ、こっ」

 「押し売りかと思ったが国崎君だったか、ところでなんで鶏の真似しているんだ?」

 「殺す気かーっ!?」

 「押し売りならな……で、なにか用か?」

 「お、おうっ、実はかくかくしかじかで……」

 「なんだ、かくかくしかじかっていうのは?」

 「くそっ、普通はそれで話が通じるはずなんだが」

 「国崎君、知り合いの精神科に紹介してやろうか?」

 「ほっとけ、ところで聖は水着を持っているか?」

 「もちろんだがそれが?」

 「実はこれから砂浜で西瓜割りでもしようかと思ってな、もちろん佳乃も誘って来てくれ」

 「そうだな、そう言うのも良いな」

 「話は早くて助かる、じゃあ……」

 「一つ良いかな?」

 「なんだ?」

 振り返ろうとした往人は、それがメスだと解る冷たい感触を頬に感じた。

 「佳乃に手を出したらどうなるか……言わなくても解るだろう?」

 「そ、そんなことするわけないだろう、俺には恋人がいるんだ」

 「下半身は別物だと言う男が多いからな、まあ用心に越した事はない」

 「人をケダモノみたいに言うんじゃない」

 「まあ少しは信じても良いだろう、あの女の子たちも信じている様だし……」

 「……裏切る様な事はしないさ」

 「ふむ、では佳乃と一緒に行くから」

 「ああ、待ってるぞ」

 入ってきたドアから出ていこうとする往人に、聖は声のトーンを一つ落として声を掛ける。

 「ちょっとまて国崎君」

 「まだ何かあるのか?」

 「少し顔色が悪いがようだが?」

 「……ちょっと寝不足なだけだ」

 「ふむ、若いからと言って無茶はいかんぞ」

 「そうだな、気をつけるさ」

 「いや、君はともかく相手の女の子が大変そうだからな」

 「なんでそっちに話が行くんだ……はぁ」

 「まあ、ほどほどにな」

 「勝手に言ってくれ……」

 がっくりと項垂れて家に帰る往人の背中は、昼間だと言うのにどこか煤けていた。

 ただ、黙々と歩く往人は、独り言を呟く。

 「さすがは医者だな、でも止めるわけにもいかないんだ」

 苦笑いの中で見えた往人の瞳には揺るぎない意志が宿っていた。

 「神奈が気がつく前にな……」






 ポケットの中の人形は、今だ動く気配を見せなかった。






 つづく。






 次回、第十話「花火」




 どうも、季節の変わり目です。皆さん体調には注意しましょう。

 このお話は真夏です、ええ、だから海水浴は外せません。

 裏葉の過激な水着姿に、柳也は悩殺されるのか?

 それとも美凪に悩殺されるのは往人なのか?

 しかし、砂浜に響き渡るのは意外な人物の絶叫かもしれません。

 ううっ、羨ましいとは思ってないですよ、ホント(泣)

 そして往人の様子がなにやらおかしいようですが、はてさて。

 始まりがあるように終わりを目指して、物語は進みます。

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