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 AIR Short Story






 ぼー。

 「神奈さま?」

 ぼー。

 「どうした神奈?」

 「…………ふぅ」

 朝から飯を掻き込む様に食べる神奈なのだが、今日は朝からため息ばかりであった。

 「神奈ちゃん、ご飯美味しくなかったかなぁ?」

 「あ、そ、そんなことはない……」

 観鈴が心配そうに顔を見つめてくるので、答えようとしたが神奈の口からはぼそぼそとした声しかでなかった。

 ぽりぽりとたくあん囓っていた往人も、元気がない神奈が気になったので聞いてみた。

 「なんだ神奈、拾い食いでもしたか?」

 「だ、だれっ、誰がっ……」

 「ん?」

 いつもの様に言葉を返そうと思った神奈だったが、往人と視線が合ったら真っ赤になって口を

 パクパクさせるだけで何も言い返せなかった。

 そんな神奈の様子に往人は本当に調子が悪いのかと勘違いをした。

 「本当にどこか悪いのか?」

 「な、なんでもない!」

 箸を乱暴に置くと、朝食もそのままに居間から出ていってしまった。

 「裏葉」

 「はい、柳也さま」

 「あれはやっぱりそうかな?」

 「だと思います」

 「ねえ、お母さん」

 「わかっとるで、それにしても初々しいなぁ〜」

 「でも良いんじゃないか、その方があいつにとっても喜ばしいしな」

 「これで少しは女性の嗜みなど、覚えてくれると宜しいのですが……」

 などと年上の大人達と観鈴は神奈の事情を理解していたが、ただ一人たくあんをぽりぽり囓っている

 往人は訳が解らなくてみんなに聞いてみた。

 「なんだ? やっぱり腹痛か?」

 「「「「ばかっ」」」」

 「むぅ」

 素早い突っ込みと責める様な視線に、往人は顔を背けたままご飯を全部食べて、神奈と同じようにその場を

 後にした。

 「はぁ……どうやら本当に解っていないようです」

 「あの馬鹿……」

 「うちが後で締めておくか」

 「往人さん、鈍感……」

 往人以外みんなが気がついている事が、滑稽で神奈が可哀想に思えた四人だった。

 「まあみなさん、ここはこの裏葉にお任せください」

 「さすが裏葉、相変わらずの策士振りだな」

 「どういう意味ですか、柳也さま?」

 「さあな……」

 「あー、あんたらの事はこの際どうでもえーから、早く本題に入ろうやないか」

 「……解りました、この件は後ほどにして、実は……」

 そして始まった裏葉の話に一同は耳を傾けた。






 The 1000th Summer Story



 Re−Birth



 Presented by じろ〜






 第八話「恋心」






 防波堤の上でぽつんと一人座る神奈は、きらきらと光る水面をぼーっと眺めていた。

 あの、霧島家から帰る途中で見た往人の笑顔が、今も彼女の頭に鮮明に残っていた。

 「どうしたというのじゃ……」

 あの日から往人とまともに顔を合わせられない日々が続き、しかも神奈は寝不足気味だった。

 迂闊に寝ると夢の中にも往人が現れて、その度に目が覚めてしまうからである。

 「はぁ……」

 神奈の口からはため息ばかりで、食欲もなくなって自分の気持ちを持て余していた。

 「おい」

 「うわぁっ……だ、だれっ……あ」

 神奈が振り返ったそこには、麦わら帽子と釣り竿を片手に持った往人でそれに気がついてすぐに言葉が

 出なくなってしまう。

 「本当に調子が悪いのなら、やせ我慢するなよ」

 「べ、べ、別になんともないぞ」

 「そうは言ってもなぁ……顔も赤いし熱でもあるんじゃないか?」

 「あっ」

 額に当てられたひんやりとした往人の手のひらが気持ちよかったのか、神奈は自然に瞼を閉じてしまう。

 本人達はともかく端から見たらキスを待っている少女にも見えなくもない。

 「大丈夫だな、取り敢えずこれを被っていろ」

 「あ……」

 離れてしまった往人の手と入れ替わり、神奈の頭には麦わら帽子がそっと置かれた。

 「い、いいのか?」

 「遠慮するな、それはお前のだ」

 「う、うむ」

 「さてと、夕飯のおかずでも釣らないとな」

 「釣るとはなんじゃ?」

 「魚を釣るんだ……ってやった事無いのか?」

 「うむ、初めてじゃ」

 「じゃあ一緒にやるか、まずはこれを持ってくれ」

 「うむ……な、なんじゃそれは!?」

 「これか、これはゴカイといって魚の餌だが食べるか?」

 「そ、そんなもの食うかっ」

 「冗談だ……よし、いくぞ」

 神奈の手から竿を受け取ると、腕を伸ばし大きく海に向かって振った。

 「さて、後は魚が食いつくまで待つ」

 「簡単じゃな、余でもできるぞ」

 「じゃあやって貰うか」

 「うむ、裏葉を驚かせるぐらい大物を釣ってやろう」

 この時、神奈は気がついていなかった、往人と自然に話している事に。

 また、さっきまで胸の中でもやもやしていた物が気持ちがいい物に変わっていた事にも……。






 往人と神奈が釣りをしている頃、裏葉は町の書店で本を物色していた。

 「やはり神奈さまには字ばかりより、こちらの絵がある方が解りやすく親しみやすいでしょう」

 と、裏葉が手にしているのはもちろん漫画である、しかもらぶらぶな恋愛物ばかりがチョイスされている。

 以前から教えていて難しい物言いだと全く効果がないと解っているので、それならばと今の世にある物で

 一番抵抗が無くいけそうだと判断した物が漫画だった。

 ちなみに当の裏葉も観鈴から借りて以来、すっかり虜になっていたのは言うまでもなかった。

 最近ではレディースコミックまで手を伸ばし始めたらしい。

 中身を調べながら主人公が神奈に近い歳の物を厳選して購入すると、足取りも軽く家に戻っていった。

 「さあ神奈さま、早くお帰りになってください、ふふふ〜♪」

 家に帰ってきてニコニコしっぱなしの裏葉を見ていた柳也は、ため息をつきながらも苦笑いをしていた。

 「まったく……自分が一番楽しんでいるんだから始末におえん」

 「ま、えーやないか、人生は楽しむものなんやで〜」

 「確かにな、以前は緊張の連続で楽しむ事も少なかった」

 「なら兄ちゃんも楽しまなーあかん、と言うわけで一杯や♪」

 「ん、これは?」

 「あの時割られてしもたが、晴子さんの酒蔵はまだまだ尽きへんでー」

 「そうか、じゃあ遠慮無く頂くとするか」

 「つまみも仰山ある、今日はとことんいこかー」

 「いこかーっじゃありません!」

 いつの間にか酒盛りを始めようとした柳也と晴子の後ろに、肩を怒らせた裏葉が仁王立ちしていた。

 「なんやねーちゃん、これからって時に……」

 「昼間っから酒盛りなど、いけませんと言ったではありませんか!」

 「堅い、堅すぎるでーねーちゃん、それじゃ男に逃げられるで」

 「な、な、なんですって!?」

 初めて見せる裏葉の大きな動揺を、酒を邪魔されてむっとしていた晴子の目は見逃さなかった。

 「そんな窮屈な考えじゃさっきの作戦も危うい危うい〜」

 「むむ〜っ……そ、それであなたにはいらっしゃらないんですね、男の方が」

 「なんやて? もういっぺん言うてみい」

 「くすっ」

 「むかっ……よし、ならどっちがいい女かこれで勝負や!」

 どん!

 晴子がちゃぶ台の上に出した日本の一升瓶の内一本をひったくる様に掴むと、ぽんと蓋を開けてから

 裏葉は柳也に振り返った。

 「柳也さま……私の本気、見届けてください」

 「お、おうっ」

 そしてそのまま一升瓶からこくこくと喉を鳴らして直接飲み始めた。

 「お、おいっ裏葉!?」

 「おー、やるやないかねーちゃん」

 負けじと自分用の一升瓶を掴むとこちらは豪快にごくごくと飲み始めた。

 「「ぷはー」」

 「それで終わりかー?」

 「むっ、まだまだ序の口です」

 「ほないくでー」

 「いきます」

 夏の昼下がり、神尾家の居間で二人の美女が一升瓶をラッパ飲みする光景はとてもシュールであった。

 「はぁ……」

 二人に取り残された柳也は、お茶を入れながら遠目に二人の戦いを眺めた。

 「止めるなんてできないよな」

 『君子危うきに近寄らず』

 ことわざ通り、傍観を決めた柳也は静かにお茶をすすった。






 「ふふん、余の魚の方が大きいぞ」

 「数は俺の勝ちだぞ」

 「やるな往人」

 「神奈もな」

 「あっ」

 ぽんと軽く麦わら帽子の上から叩く往人の手と笑顔が嬉しくて、神奈ははにかむ様に微笑んだ。

 「そう言う風にいつも笑っていれば可愛いんだがな」

 「余はいつでも可愛いぞ」

 「自分で言うな」

 「「くくっ……あっはっはっ〜」」

 仲良く今日の成果を持ち帰って来ると、家の前で観鈴が立っていた。

 「おかえりー往人さん、神奈ちゃん」

 「おうっ」

 「ただいまじゃ、観鈴」

 「夕飯のおかず、釣ってきたぞ」

 「わぁ〜、神奈ちゃんは大きくて往人さんは一杯なんだねー」

 バケツをのぞき込んで目を丸くする観鈴は自分事の様に喜んだ。

 「ところで観鈴、どうして家の前にいたんだ?」

 「えっ」

 「観鈴、余の所為でいらぬ心配をさせてしまったなら許せ」

 「ち、ちがうよ、そうじゃなくて……が、がお」

 「ん?」

 何やら苦笑いで汗を流している観鈴に気がついたのか、往人は庭から縁側に回り込んだ。

 後を追う様に観鈴と神奈もやってきた、そして三人が見た物は……。

 「うぃー、うちのかひや〜」

 「ひっく、まらまら〜」

 ほとんど下着姿で寝転がりながら一升瓶を抱えている年長者の女性二人であった。

 「酒臭い」

 「うっ」

 「なんじゃこの臭いは?」

 「やっと帰ってきたのか……まあ居なくて正解だな」

 「柳也、これはいったいどういうことじゃ?」

 「詮索はするな、酔っぱらって眠り込んだ、それだけだ」

 「まさか裏葉がこのような醜態をさらすとは……」

 「裏葉も気を張りすぎていたからな、たまにはいいだろう」

 「そうか……ところで柳也、今日は釣りをしたぞ」

 「ほう、それで成果は?」

 「ぶいっ!」

 そう言って神奈は得意げに自分の釣った魚を笑顔と共に柳也に見せた。

 神奈の笑顔に、柳也の心も残っていた最後の緊張感が流れて消えていった。

 子供らしい、いや神奈が普通の人と変わらぬ生き方を歩んでいる安堵がもたらした物だった。

 その日は柳也が見事な包丁さばきで魚を調理して刺身焼き魚煮物と豪華な夕飯だったが、酔いつぶれた

 二人が味わう事はなかった。







 翌日、二日酔いの為二人とも布団から起きあがれず、特に神奈は日頃の逆襲と言わんばかりに裏葉の

 側でわざとらしく和歌など読んでいじめていた。

 「か、神奈さま、お許しを……」

 「いやじゃ♪」

 「うう〜」






 つづく。






 次回、第九話「西瓜」




 どうもー、すっかり春めいてきた今日この頃です。

 初々しい神奈とは対象に、ちょっと情けない裏葉です。

 いつも凛としている裏葉が自分をさらけ出す、普通ならあり得ない行動です。

 でも家族ならそれは見てみたい物かもしれません。

 ゆっくりだけどうち解けていく神尾家でした。

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