Original Works 『AIR』



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 AIR Short Story






 深夜、目を覚ました往人は納屋の中でポケットから人形を取り出すと床に置いた。

 そして念じるように目を閉じて静かに待つが、人形はいつものように動く事はなかった。

 「……まいったな、これが代償か……」

 置かれたままの人形をポケットの中にしまうと、納屋から出てそのまま外に歩いていった。

 暫く歩くと目の前に防波堤が見えてきて、その上によじ登ると座り込んでポケットから人形を取り出し

 ひたすら力を使うように集中し始めた。

 波の音だけが聞こえる闇の中で往人は時間も気にせずに人形を動かそうと念じていた。

 いつしか空が白くなってきた頃、額の汗が流れても気にせず人形を動かそうとしていた集中力が切れたのか

 往人は目を開けて人形を見つめた。

 「だ、だめか……全く……力を感じない……くそっ」

 汗がぽたぽたとコンクリートに落ちてシミを作り、荒い息づかいで呟いた後防波堤の上で寝転がると、僅かに

 残った星を見上げた。

 「人形使いも力がなければただの人だな……」

 自虐的に笑う往人は、そのまま目を閉じるとすぐに寝息を立て始めた。

 それから数時間後、朝食の支度をして用意が整った観鈴は往人を起こしに納屋にいったが、往人がいない事に

 気が付いて慌てて居間に駆け戻った。

 「おかーさん、おかーさん! 往人さんがいないの!」

 「なんや、どうせ昨日の事がショックで家出でもしたんやろ?」

 「そ、そんな……」

 「その内帰って来るであろう、心配する事無いぞ観鈴」

 「で、でも、書き置きもないし……なんか前の時みたいで……すん」

 気にも留めないで昨日と同じようにご飯をかっ食らう晴子と神奈に力弱く呟く観鈴だが、その言葉は

 食欲旺盛な二人には届かなかった。

 涙目になって俯く観鈴を庇うように、裏葉と柳也は晴子と神奈に向かって真剣な声で言った。

 「お二人とも、少し無神経な物言いではないでしょうか?」

 「あのな神奈、姉妹に対して言う言葉ではないぞ」

 「う、いや……ごめんな観鈴、おかーちゃん無神経やった」

 「す、すまぬ観鈴、余が悪かった……」

 窘められて箸を置く二人にほっとため息をつく柳也と裏葉は、観鈴の肩に手を置いた。

 「少なくても観鈴さまのお側から黙っていなくなるとは思えません、だから気を落とさないでください」

 「そうだな、命懸けで俺たちを救ってくれたあいつだから、もっと信用しような」

 「あ、はい……わたし往人さんの事、信じる」

 目元を擦ってにははと笑う観鈴に、裏葉は諭すように話し始める。

 「おそらく往人さまは何か考えがあって出かけたのでは無いでしょうか?」

 「ん、裏葉、何か思い当たる事が有るのか?」

 「推測では有りますが……」

 「それは?」

 「今は言えません、もしそうなら往人さまが自分でお話になると思います」

 「言い難い事なのかなぁ……」

 「あの男も案外小心者よな」

 「神奈さま、どうしていつもいつも一言多いのですか?」

 むにゅ〜。

 「ふらは〜、ふ、ふるひてはほれ〜」

 「詩も満足に歌えず、覚えるのはそのような事ばかり……裏葉は悲しゅうございます」

 「ばかが……」






 The 1000th Summer Story



 Re−Birth



 Presented by じろ〜






 第六話「街並み」






 「あ、あっちーっ!?」

 じりじりと照りつける太陽にまたこんがり焼かれた往人は、防波堤の上で目が覚めた。

 「そっか、あのまま寝ちまったのか……」

 ふと、視線を感じた往人は後ろを振り返るとそこにはアレがいた。

 「ぴこ」

 「ふむ……」

 立ち上がった往人はおもむろにその毛玉を掴むと、海の方に向かって力一杯蹴り飛ばした。

 どかっ!

 「ぴこ〜!?」

 「よし、気分爽快だ!」

 何事も無かったようにう〜んと伸びをして軽やかに防波堤から降りると、朝食を食べに家に戻る事にした。

 しかしアレと再び出会うのは、今から数時間後であった事を往人はまだ知らない。

 「ただいま〜、観鈴、腹減ったぞ〜」

 ご機嫌よろしく朝帰りしてきた玄関で、飯を求める姿は本当に甲斐性なしの旦那そのものである。

 がしっ。

 「往人さん!!」

 「おわっ、な、なんだ観鈴?」

 急に飛びついてきた観鈴にバランスをくずしながらもしっかりと抱きしめると、見上げている観鈴と目が合った。

 「どこに行ってたの往人さん?」

 「ああ、ちょっと朝の散歩にな……」

 「そうだったんだ……にははっ」

 「もしかして俺がどこかに行ったのかと思ったのか?」

 「えっ……う、うん……だって、前もいきなりいなくなったから……」

 こつん。

 「が、がお……」

 往人に軽く頭を叩かれて頭を押さえる観鈴を、滅多に見せない笑顔で見つめる。

 「ばかだなぁ、約束しただろ?」

 「う、うん」

 「それとも信じてないのか?」

 「そ、そんな事無い!」

 「じゃあ信じろ、俺はずっと観鈴の側にいるぞ」

 「往人さん、ん……」

 そう言って自分の唇を奪うと少しきつく抱きしめる往人に、観鈴もゆっくりと腕を首に回して抱きついた。

 言葉だけでなく行動で示してくれた往人に、観鈴の心から不安の影は綺麗に消え去った。

 ただ、神尾家の玄関だと場所を忘れてしまったのが失敗と言えば失敗かもしれない。

 「公認とはいえ、うちの可愛い観鈴にあんな所でキス……しかも長すぎるやないかっ」

 「まあ、なんて大胆な……でも、なんて言うか激しいですね」

 「裏葉、自分の時はどうだったか忘れたのか? あれよりもっと……」

 「りゅ、柳也さま!!」

 「はぁ、こっちでもラブラブかいな……ん、どうした神奈ちゃん?」

 一人黙っている神奈は二人のキスシーンを見て、顔を真っ赤にしたまま固まっていた。

 「あ、あ、あれが……男女の営みと言う物なのか?」

 「ありゃ? 神奈ちゃんにはちぃ〜とばかし刺激有り過ぎたかいなぁ……」

 と、それぞれが目を離してる間に往人と観鈴の行動は、更に先に進もうとしていた。

 「ゆ、往人さん?」

 「ん、どうした観鈴?」

 「あ、あの、手が、その……あっ」

 「今更何言ってるんだ、すべてを見せ合った仲のくせに……」

 「で、でも、ここ……玄関……んっ……」

 「俺は別にかまわんぞ」

 「気にせんかいっ、このあほんだらーっ!!」

 どんがらがっしゃ〜ん!!

 「ぐはっ」

 「ゆ、往人さん!?」

 観鈴の変な声から気が付いた晴子は、愛娘を押し倒そうとしていた往人を勢いを付けた跳び蹴りで、そのまま外に

 扉ごとぶっ飛ばした。

 「はぁー、はぁー、人が黙って覗いていたら場所も弁えずこのどあほうが……」

 「お母さん」

 「ほんま危ないとこやったなぁ〜……ってみ、観鈴?」

 そこにいた観鈴の顔は微笑んでいたが異様な空気を発散していた……晴子の背筋に冷や汗が流れるぐらいに。

 「覗いていたって何?」

 「へっ?」

 「だから、覗いていたって何?」

 「そ、それは……あれやっ、そこの影にみんなが覗いて……」

 「誰もいないけど?」

 「な、なんやて?」

 (ひ、卑怯者〜)

 観鈴の指摘に振り返る晴子は、そこにいた三人の残像に向かって心の中で呟き拳を握りしめた。

 「お母さん」

 「にはは……は」

 「お母さん、きらい」

 「み、観鈴!?」

 「一ヶ月、お酒抜き」

 「がぁ〜ん」

 そんな晴子の横をすり抜けると外で延びている往人に駆け寄り、介抱して家の中に入っていったが残された晴子は

 微動だにせずただ涙を流す彫像と化していた。






 「悪かった観鈴、さっきは調子に乗りすぎた」

 「う、ううん、わたし怒ってないよ」

 「そっか、やっぱり優しいな観鈴は」

 「にはは〜」

 そんな二人のやりとりを、頬を赤くしてぼーっと眺めていた神奈に気が付いた往人は、その赤い顔を見て勘違いした。

 「ん、どうした神奈、真っ赤な顔して?」

 「な、なんでもないぞ」

 「熱でもあるのか?」

 「な、なにをす……あっ」

 素早く伸ばされた往人の手が神奈のおでこに当てられると、お煎餅を銜えたままぴたりと動かなくなってしまった。

 「まあ……」

 「ふーん……」

 「ふむ、別に熱はないようだな」

 「…………」

 「どうした神奈、さっきから黙ったままで?」

 「な、何でもない!」

 「怒ると可愛い顔が台無しだぞ?」

 「なっ!?」

 口から落としたお煎餅もそのままに神奈は顔を真っ赤に染めて、ぱくぱくと口を動かしていた。

 「なあ裏葉、あいつあんな事を男に言われたのは初めてか?」

 「私の知る限りでは初めてです、しかもあんな近くで面と向かってなどは有りません」

 「なるほどな……」

 「何をお考えか解りますが、往人さまの相手は観鈴さまですよ?」

 「まあな、でも見てみろよ、観鈴の顔を……」

 「あっ」

 普通なら目の前で自分の恋人が他の女の子と仲良くしていれば、不安になったりするかもしれない。

 だが、観鈴は健やかな微笑みを浮かべて往人と神奈を見つめていた。

 「解ったか?」

 「はい」

 「そうなんだよ、どっちも神奈であり観鈴でも在るんだ」

 「心配はいらないと言う事ですね」

 「まあな、往人は両手に華で羨ましいがな……」

 「柳也さま、何か仰いましたか?」

 「気のせいだろう、俺は裏葉一人でも手に余るから他に気がまわらん」

 「どう言う意味でしょうか?」

 「それはともかく、神奈の弟か妹でも作るか裏葉?」

 「な、何言っているのですか柳也さま!」

 頬を赤くして叫ぶ裏葉の肩を抱き寄せて、柳也が耳元で何やら囁く度に更に顔を赤くして照れる彼女の姿は

 すでに落ち着いていてそこで見ていた神奈を驚かせた。

 「あのような裏葉の姿、余は初めて見るぞ」

 「あれだな観鈴、万年新婚カップルだな」

 「そ、そうだね、に、にはは〜」

 「ほほう、あれは『万年しんこんかっぷる』と申すのか」

 「結婚、つまり夫婦になってからまだ日が経たない事を指すのだが、この二人のように何年経っても飽きる事なく、

 周りを気にせず二人だけ仲睦まじくする事に敬意を込めて『万年』を付けてそう呼ぶんだ」

 「ゆ、往人さん」

 「なんだ観鈴、これからがたの……はっ!?」

 むにゅー。

 「あがががががが〜」

 「良くもまああれだけ本人を目の前にして仰ってくれました口はこの口ですか?」

 気配を消して往人の前に音もなく近寄った裏葉はこれでもかって言うぐらいニコニコして往人の口に指を突っ込んで

 左右に開いたが、その姿に神奈と観鈴は目を反らしてその場から走り出して逃げた。

 「いだだだだだだ〜」

 「私たちの子孫としては不甲斐なさ過ぎる事をすっかり忘れて、居候などに落ち着いているとは情けない」

 「は、はんへんひてふれ〜」

 「嫌です」

 「諦めろ往人、恨むなら自分の迂闊さを恨むんだな」

 その後、神尾家のリビングから往人の悲鳴が小一時間ほど近所に響き渡っていた。






 「だ、大丈夫、往人さん」

 なんとか裏葉に拝み倒して窮地を脱した往人は、家にいるのは危険と判断して先に逃げ出していた観鈴と

 神奈と一緒に、商店街の中をぶらぶら歩いていた。

 「あ、う、なんとかな……しかし逃げるとは狡いぞ観鈴?」

 「が、がお……」

 「観鈴を責めるな、あのような裏葉の側にいるのは危険じゃ」

 「ああ、理解は出来た……いててっ」

 「ごめんなさい、往人さん」

 「まあ特別に許してやろう、その代わり夕食のラーメンセットは大盛りだぞ?」

 「うん!」

 「お主らもあれだな、万年しんこんかっぷるじゃな」

 「か、神奈ちゃん!」

 「違うぞ神奈、俺たちはまだ夫婦じゃないぞ」

 「同じようなものであろう、余に遠慮せず仲良うせい」

 その年相応の笑顔で笑っている神奈を見ていた往人は、自分が力を失ったのは無駄じゃ無かったと確信できた。

 きっとそれで良かったんだと一人遠い目をしていた往人の耳に、神奈の大きな声が飛び込んできた。

 「往人、なんじゃこの生き物は?」

 「あん、どれだ?」






 「ぴこ〜」






 瞬間、往人の長い足は足下の毛玉を力一杯夏の空に蹴り上げたが、瞬きした間に戻ってきて見上げている毛玉に

 暑苦しさと脱力を感じて肩を落とした。






 つづく。






 次回、第七話「魔法」


 ふぅ、暑いですねー(汗)

 往人は現在力を失っています、これは大きな術の代償です。

 しかし、自分の行った事は正しいと神奈の笑顔に安堵しています。

 今回はその辺りの事を書きましたので、霧島姉妹は次回に持ち越しです。

 代わりのポテトがあいさつ程度に出演しています(笑)

 ポテトに導かれて診療所で待ち受けるのは、殺人料理か危ない医者か?

 霧島姉妹に卑屈な態度でがんばる、往人の孤軍奮闘ぶりが観鈴と神奈の涙を誘う。

 がんばれ往人、お空に輝く一番星を掴むまで(涙)



 P.S このお話は瀬戸ぎわさんを応援しています(^^)

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