4.闇にサヨナラ

 夜の街・・・闇の中を私は当てもなくさまよう・・・
 寒かった・・・身も・・・心も・・・
 私の全ては冷え切っていた。
「私?」
 ふっとその言葉が脳裏をよぎる。
 私・・・私は・・・誰?
 神楽坂潤?
 明後日からは、宝歌劇団の男役研修生・・・
 そして17歳の女の子・・・
 でも・・・でも・・・
 耕治の・・・私が一番好きな人にとっては妹の、澪の方が「潤」なんだ・・・
 同じ顔。
 同じ声。
 そして同じ想いを持った少女・・・
 私はその妹を殺そうとした。
 私の身体と名前を奪った妹を・・・
 彼女を殺すことで、自分の名前と身体を取り返そうとしたのだ。
 でも、でも・・・私は気付いていた。
 私が本当に殺してしまいたかったのは、私自身だと言うことを・・・
 好きな人に想いを告げることもできない、臆病な私を・・・
 幸せそうな妹に嫉妬を覚えてしまう私を・・・
 私は自分の辛い想いから逃げたかった。
 何もかも無くして、自分という存在を消してしまいたかったんだ・・・
 でも私には自殺するほどの勇気もなかった。
 だから・・・私の殺意は自分と同じ顔をした妹に向けられた。
 自分自身が決して傷つくことなく、消えてしまう方法。
 それが妹に向けられた殺意の正体・・・
 そしてその事に気付いた時、私は心の底から「私」という存在が嫌になった。
「もう嫌だよ・・・誰か・・・お願いだから誰か私を消して・・・」

 ふと気付くと、私はいつの間にかPiaキャロット中杉通店の前に立っていた。
 お店は既に明かりが消えて真っ暗だ。
 当然だろう既に閉店から数時間が経っている。
 私は呆然として見つめていた。
 誰も居ないお店。
 私と耕治の思い出が一杯詰まっている所・・・
 でもその思い出ももう・・・
 私は俯いたまま立ちつくした。
 もうどこへも行くところはない。
 一歩も歩けない。
 私は・・・私はどうすればいいの?
 誰か・・・誰か教えて・・・
 と、その時、誰かの話し声が私の耳に聞こえた。
「・・・もう、こんな時間よ・・・一体誰のせいかしら?」
「悪かったわねぇ・・・でもあんまりにも伝票整理が大変そうだから、折角手伝ってあげたのに・・・」
「それが余計だったのよ・・・私一人だったらもっと早く終われました・・・」
 何だか懐かしいやり取り・・・
 涼子さんと葵さんの声だ・・・
 久しぶりに聞いた人間らしい声に私の心はふっとゆるむ。
 私は瞳からは涙があふれ出す。
 やがて裏手の通用口から表通りの方へと歩いてきた二人は、私の姿に気付いた。
「・・・神楽坂さん?」
「澪ちゃん・・・違う、潤くんなの?」
 私は二人の方へ駆け出した。
 二人は私の異様な様子に余程驚いたのだろう、声もなく立ちつくすだけだ。
 私はそのまま二人に縋り付く。
 そしてただ泣きじゃくるだけ・・・
 うぇっく・・・ひっく・・・ううぅぅぅ・・・

「どう?少しは落ち着いたかしら?」
 暖かいコーヒーを渡されて、私は俯いたまま無言で頷く。
 ここはコーポPiaの葵さんの部屋だ。
 あの時、部屋着のまま飛び出して、泣きじゃくるだけの私を、涼子さんと葵さんは寮まで連れてきてくれたのだった。
 暖かい暖房に包まれて、私は少し落ち着きを取り戻しつつあった。
 もっとも心はまだ沈み込んだままだったが。
「それにしても一体どうしたの?こんな時間に・・・それもこんな格好で・・・」
 葵さんも心配そうに私の顔を覗き込む。
 私はそこでぽつりぽつりと、先ほどの妹との一件を二人に話した。
 流石に私が妹の首に手をかけた下りでは、二人とも絶句したが、それでも妹が無事と言うことを知ってほっと胸をなで下ろした様に見える。
 それでも私が話し終えた後、二人は声もなかった。
 ただ三つのカップから立ち上る湯気だけが無為に時を刻んでいく。
「・・・そ・・そんな事があったの・・・」
 ようやく口を開いた涼子さんの声はうわずっていた。
「・・・潤くん、ごめんなさいね・・・私が軽々しくあんな事を言ってしまったから・・・」
 青ざめた表情の葵さんに私は首を振る。
「葵さんのせいじゃありません。いずれは分かることだったんです・・・」
 私は大きなため息を絞り出すと天井を見上げた。
 心の中にわだかまる大きな疑問。
 決して解けることのない謎。
「・・・私どうして女の子に生まれてきてしまったんだろう・・・
 私がもし男の子として生まれていたら・・・こんな事にはならなかったのに・・・」
 ・・・こんな辛い想いはしなくても済んだかもしれないのに・・・
 唇の中に秘めた言葉は、放たれはしなかったが、確実にその場にいた私たちの胸の中に刻みつけられる。
「私が、最初から男の子だったら、耕治ともずっと仲のいい友達のままで居られたかも・・・妹と同じ人を好きになるなんて事もなかった筈なのに・・・
 どうして・・・私は耕治を好きになったんだろう?」
「どうして・・・どうして・・・か?」
「えっ?」
 私は葵さんの方に視線を向ける。
 葵さんは少し寂しそうな笑みを浮かべながら私を見つめていた。
「・・・あたしもちょっと前はそうだったかな・・・
 どうして、あの人を好きになってしまったんだろう・・・どうしてこんな辛い想いをしなければいけないのかな、ってね・・・」
「葵さん?」
「葵?」
 葵さんはクスリと笑う。
 それは眩しいくらいに凛々しい大人の顔だった。
「あたしもね、その答えを誰かに出して欲しかった。誰かに教えて欲しかった・・・
 でもそれは無理なのね。
 理由なんか最初から無いんだから・・・
 理由は自分で見つけるしかないんだから・・・」
「理由なんか無い・・・」
「でもね・・・これからどうするか、自分に何が出来るか・・・それだけは幾らでも考えることが出来るはずよ・・・」
「・・・良く分からないです・・・」
「そりゃそうよね、私だって、まだ見つからないんだもの・・・生きている間に見つかる保証なんて無いものね」
 私は少しだけ笑った。
 つられて涼子さんも少し笑う。
「・・・それにしても今夜は驚いたわよ、葵がこんなまともなこと言うなんて・・・」
「涼子、あんた一体どういう目であたしを見てるわけ?」
「そう?今夜は随分と見直したつもりよ、あなたの事・・・」
「もういいわ・・・どうせあたしはのんべぇで、お調子者ですよーだ」
 いつの間にか二人はいつものペースに戻っている。
 これが、これが日常なんだな・・・私は次第に心が落ち着くのが分かる。
「・・・ところで神楽坂さん。今夜はもう遅いから、ここに泊まっていかない?」
「いいんですか?でもご迷惑じゃ?」
 私はちょっと躊躇するが、このまま家に帰ることは出来ない。
「あたしは構わないわよ・・・あ、それに泊まるならあたしの部屋にしなさいよ。涼子、朝が早いんでしょう?」
「そうね・・・じゃあそうしましょうよ」
 私は深々と頭を下げる。
「済みません、何から何まで・・・」
「いいのよ、気にしなくても」
 こうして私は、その夜、葵さんの部屋に泊めて貰うことになった。
 ただ私は、眠る前にさっきから気になっている事を一度だけ葵さんに尋ねる。
「葵さん?・・・葵さんが好きだった人って・・・ひょっとして店長さんですか?」
「う・・うん・・・そうだった・・・かな?」
 曖昧な返事だけだが、私は自分の考えが間違っていないことを確信した。
 同じ頃、私は耕治との事で一人悩んでいたときに、葵さんは辛い想いをしていたんだ。
 そしてその事に私は気付きもしなかった。
 私は・・・自分のことしか考えて居なかったんだ。
 自分のことしか見えなかったんだ・・・
 多分、今度の妹の一件もそうだった。
 妹のことに気付きもせず、私は一人自分だけの想いに囚われて、周りが見えていなかった。
「私って・・・凄く嫌な子だったんだ・・・・」

 私が膝を抱えて座り込んだ床には、いつの間にか朝日が射していた。
 私は一晩中、そのままの格好でまんじりともせず過ごしていたらしい。
 姉の潤の心の中の大切な物を踏みにじり、逆鱗に触れた私。
 死に損なってしまった私、神楽坂澪。
 もう私は存在しないのと同じだった。
 何をする気力もなく、生きている事も、死んでいることも何も意味がない。
 魂の抜け殻になってしまった私・・・
 でも、でも私にはまだやるべき事が残っている。
 たった一つだけ・・・
 それが私に出来ることの全て・・・
 私の「償い」なんだ・・・
 私はその日、初めて耕治さんの携帯電話の番号を押した。

 その朝、早出した涼子さんから電話がかかってきた時、私と葵さんは遅い朝食を取っていた。
 時計を見ると時間は既に9:30を回っている。
 そろそろお店が開く時間帯だ。
 もっとも葵さんは昼からの出勤予定だったから、こうしてのんびりしていられるのだが・・・
 葵さんはのんびりとした調子で受話器を取る。
 私はカップに二人分のコーヒーを注ぎながら、その様子を見守る。
「もしもし、皆瀬ですが・・・あっ涼子?どうしたの一体?」 
 しばしの沈黙。
「そう・・・澪ちゃんが・・・」
 澪と聞いて、私の顔は一瞬青ざめる。
「澪が・・・妹がどうかしたんですか?!」
「あ・・・心配しないで、潤くん。澪ちゃん具合が悪いから今日は休むって・・・それだけだから」
「でも・・・」
「大丈夫よ・・・澪ちゃん、自分で電話してきたらしいから・・・」
「そう・・・ですか・・・」
 私は少しだけ胸をなで下ろす。
「でも困ったわねぇ・・・今日ちょっと人手が足りないのよ・・・」
 と呟いたところで、葵さんは私の顔をじっと見つめる・・・
 そして悪戯っぽい笑みがふっとその口元に浮かぶのが見えた。
「?」
 怪訝そうな表情の私を横目で見ながら、葵さんは再び受話器に向かう。
「ねぇ涼子、物は相談なんだけれど・・・」  

「いらっしゃいませ!Piaキャロットへようこそ!!」
 いつもっと同じ言葉、いつもと同じ声が響く。
 お客様へ最高の笑顔で応える、ウェイトレス。
 馴染みのお客様達は、それを見てここがいつもと同じ空間なのだと実感する。
 でもいつもと違うのは・・・そう、澪であるべきウェイトレスが私、潤であることだ。
 今日、一日、私は澪を演じている。
 澪のフリをして、このお店で働いている。
 不思議な感覚だった。
 誰もが私に、今までの自分とは違う人間として接してくる。
 何となく楽しい・・・
「あっ、澪さん、そろそろ休憩して下さい」
 いつもと同じにこにこした笑顔で美奈ちゃんが私に語りかける。
 彼女には私が半年前に一緒に働いていた潤の方だとは疑ってすら居ないのだろう。
 その事がおかしくて、私は口元には自然と笑みが浮かぶ。
「じゃあ、美奈ちゃん、ちょっとの間お願いね」
「はいっ!」
 元気いっぱいの美奈ちゃんに軽く手を振りながら、私は事務所へと向かう。
 私は椅子に腰を下ろしながら、妹のことを考える。
 今日一日の事で、澪が私のフリをしていた時の気持ちが少し分かるような気がした。
 きっと楽しかったんだろうね・・・
 実際、私も今、自分が仕事をすることでお客様に喜んで貰えることがとても楽しいし、そして嬉しい・・・
 澪も耕治に潤のフリをして接することで、耕治が喜んでくれることがとても嬉しかったんだろうな・・・
 この感覚を私は忘れていたんじゃないのだろうか?
 半年前、ここで働いていたときは確かに感じていた充足感。
 それは耕治が居たからとか、演劇の練習のためとか、そう言うことだけでは無かったはずだ。
 やっぱり私、余裕が無かったのかな?
 自分のことしか考えていなかったのかな?
 自問自答を繰り返しながらも、その日の、私のたった一日だけのバイトは大過なく終わりを告げた。
 多分、涼子さんと葵さん以外は誰も私が潤だったことに気付いては居ないだろう。
「神楽坂さん、お疲れさま・・・」
 涼子さんが、いつもと同じように私に声をかける。
「申し訳ないんだけれど、もう少しだけ残っていて貰えるかしら?」
「ええ、構いませんよ」
 私はいぶかしく思いながらも、着替えを済ませると、事務所へ向かった。
 するとそこには何故か葵さんもいる。
「一体、どうしたんです?お二人とも・・・」
「うん・・ちょっとね」
「?」
「それよりも神楽坂さん、今日は本当に助かったわ」
「いえ、私こそ昨日からお世話になりっぱなしで・・・」
 涼子さんはにっこりと笑いながら封筒を取り出す。
「これは?」
「あなたのお給料よ」
 私は慌てる。
「そ、そんな・・・こんなのいただけないです」
 と私の言葉に涼子さんは心底困ったような顔をする。
「うーん、どうしましょう。あなたにこれを受け取っていただけないと、ウチのお店が困るのよ・・・」
「えっ?」
 と怪訝そうな私に葵さんが悪戯っぽい笑みを向ける。
「だってそうでしょう。あなたは澪ちゃんじゃないんだから・・・あなたにお給料支払わないとただ働きさせたことになってしまうのよ」
「それに、神楽坂さん、明日は大阪へ行ってしまうでしょう?今日以外にこれを渡せる日がないのよ」
「だから・・・あなたが受け取ってくれないと、経理を預かってる涼子が困っちゃうのよ・・・ねぇ潤くん、涼子を助けると思って受け取ってくれないかな?」
 こうまで言われては私に選択の余地はない。
 私は若干の心苦しさを覚えながら、封筒を受け取った。
 ただ封筒の中身を確かめると、私はちょっと驚く。
 夏に働いたときの半月分ほどのお金が入っていたからだ。
「・・・こんなに?」
「あ、それね、・・・葵と私からの餞別も兼ねてるの・・・これから、有って困ることはないでしょう?」
「済みません、涼子さん、葵さん・・・このご恩は・・・」
「あっ、そんなに堅くならないでもいいわよ。その分は澪さんのお給料からはしっかり引いておきますから」
「じゃあね、潤くん。これからも頑張ってね」
「はいっ!」
 私は葵さんに向かって深々と頭を下げる。
 昨日の夜のことは一生忘れることが出来ない思い出になりそうだったから・・・
「・・・葵さん・・・今度、一緒にお酒飲ませて下さいね」
「いつでもいいわよ・・・って、無理かな、大阪からじゃ・・・」
 私はクスリと笑う。
「・・・その時は新幹線で飛んできます・・・」
「期待してるからね、潤くん」
 そして私は二人に何度も頭を下げながら、家路に付いた。
 みんないい人ばかりなんだな・・・私の心の中は自然と暖かくなってくる。
 私はずっと、ずっとたくさんの人に支えられてきていたんだ・・・
 それなのに、私は自分のことばかり考えていて、何も気付かなかった。
 私は自分自身のこれまでに恥じ入るばかりだ。
 まずは・・・妹にきちんと話さなければ・・・
 その決意を私は秘める。
 だが・・・私が戻った家には澪の姿はなかった。
 一体・・・彼女はどこへ行ったんだろうか?
 あの子にもしも何かあったら、それは私のせいなんだ・・・
 私は不安に押しつぶされそうになりながらも、間近に迫った大阪行きの支度をする事しかできなかった。
 何かしていなければ、不安に押しつぶされそうな私の弱い心・・・
 ただ、私は耕治の写真は丁寧にしまい込んだ。
 もうこれは、持って行けない。
 耕治の心は妹の、澪の物なのだから。
 多分、私には二人を祝福してあげることしかでき無いのだろう。
 でも・・・それでも良いと今は思える。
 二人が幸せになってくれるのなら・・・

 耕治さんは私と正面から向かい合った。
 彼の口から出る言葉は私にも予想は付いた・・・でも・・・でも・・・
「神楽坂、今まで言わなかったけれど、オレは・・・」
「ダメ、その先は言わないで・・・お願いだから・・・お願いだから・・・」
 いつの間にか私の瞳からは涙が溢れてきている。
 悲しかった・・・辛かった・・・真実を彼に語るのが・・・
 でもこれは罪を犯した私の償いなんだ。
 私は・・・私はきちんと語らなければいけない。
 真実を・・・
「ごめんなさい・・・今まで黙ってたけれど・・私・・・私・・・潤じゃないの・・・」
「神楽坂?一体何を・・・」
 耕治さんの目が驚愕で大きく見開かれるのが分かる。
「私・・・ずっとあなたを騙していました。騙し続けていました・・・私、本当は澪なんです。
 神楽坂澪。潤の・・・双子の妹の澪なの・・・」
 遂に言ってしまった・・・
 私は何故か安堵する。
 これでもう耕治さんを騙し続けなくても済むから?
 嘘を付く必要がないから?
「私・・・本当は耕治さんの本心を確かめたかった・・・
 潤が・・・姉がずっと好きだった、想い続けていたあなたが今でも潤のことを好きなのかどうか・・・」
 でも・・・私もいつの間にかあなたが本当に好きになっていた・・・
 それは決して口に出して言うこと無い、秘めた想い。
 私は耕治さんを、彼を好きになっちゃいけないのに・・・
 私はきちんと伝えなくちゃ・・・潤のことを・・・
 私は涙で濡れた瞳で、耕治さんをしっかりと見つめ直す。
「今日、潤は大阪に発ちます。午前11時の新幹線で・・・東京駅の15番ホームです。
 耕治さん、お願いです。必ずそこに行って下さい。
 もし潤のことが今でも好きなら・・・私のことがほんのちょっとでも好きなら・・・」
 私はそれだけを言うと、くるりと踵を返して駆けだした。
 この涙で濡れた顔を彼に見られたくなかったから。
 背後から耕治さんが何かの言葉を投げかけた様だったが、私はそれをあえて無視した。
 もう私には何もないんだ・・・何も・・・

 遠くで電話の鳴る音がした。
 いつの間にかうとうととしていたのだろうか?
 私の意識は急速に現実に帰る。
 私は慌てて受話器を取った。
「もしもし・・・」
 返事は無い。
 だがかすかに聞こえる息づかいから、相手が澪だと言うことは分かる。
「澪?澪なのね?今何処にいるの?」
「・・・潤・・・」
 今にも泣き出しそうな妹の声がかすかに響く。
 私は胸が締め付けられるような想いになる。
「澪、・・・ごめんなさい、澪・・・私が・・・私のせいで・・・」
「潤・・・聞いて・・・今、私耕治さんに全てを話してきました・・・」
「澪・・・」
 私は絶句する。
「私・・・耕治さんと別れてきました・・・潤、耕治さん今でもあなたのことが好きだよ・・・だから、今日ホームで待っていて・・・耕治さん、絶対に来てくれるから・・・」
「そんな・・・何言ってるの澪!!」
「そこで、ちゃんと自分の口から話すんだよ、潤・・・耕治さんのこと好きだって!
 絶対に・・・絶対に・・・」
 そこで電話は切れた。
 私は放心するしかない。
 澪は・・・私のために自分を犠牲にすることを選んだんだ・・・
 私は・・・どうすれば良いんだろう?
 
 オレは足早に駆けていた。
 時間がもう無い!
 彼女の必死の想いに応えるためにも、オレはきちんと伝えなくちゃいけないんだ!
 それが今のオレに出来ること全て!
 オレは時計を見る。
 午前9時30分。
 待っていろよ!
 絶対に!絶対に!
 オレは必死に駆けた。
 
私は公園のベンチに腰を下ろしながらぼんやりと空を眺めていた。
 青さが目に痛いくらい眩しい。
 私・・・一体何をして居るんだろう?
 学校をこれで二日連続で無断欠席してしまった。
 それにお店の方も休んでしまった・・・
 私・・・バカな事している。
 とても悲しかった。
 胸が痛かった。
 本当は耕治さんと潤のこと祝福してあげなければいけないのに・・・
 そして私の手には、・・・チョコレ−ト・・・
 今日はバレンタインデー・・・
 好きな人に渡す日なのに・・・
 私には渡す人がもう居ない。
「やっぱり、無駄になっちゃったな・・・」
 私は大きなため息を付いた。
 
 オレは必死に階段を駆け登った。
 今も心臓がばくばくと激しい動悸を繰り返し、息が切れ躓きそうになる。
 でも、オレは行かなければならない。
 二人の想いに応えるためにも。
 もうこれはオレ一人だけの問題ではなくなっている。
 オレは階段を登りきると周囲を見回した。
 15番ホームには既に列車が到着しており、乗客は乗り込んでいる。
 慌てて時計を見たが、時間は10時50分。
 まだ時間はある。
 オレはホームに残った人々に視線を向ける。
 そこに懐かしい顔を探す。
 居た!
 オレの視線は乗車口の前に一人佇む彼女を見つけた。
 男の子のように短くまとめた黒髪。
 ほっそりした体つき。
 見間違える筈がない。
「神楽坂っ!」
 オレは叫びながら必死でそちらに向かって駆け出す。
 すると神楽坂もオレに気付いたのか、ちょっと笑みを浮かべる。
 だがその顔はとても寂しげではかない。
 オレは、胸が痛む。
 彼女の表情は全てオレのせいなのだから。
 臆病で、卑怯者なオレの・・・
 オレはようやく彼女の前に立つ。
 半年ぶりに会った彼女は酷く、頼りなげで、心持ち痩せたように見えた。
「・・・神楽坂・・・」
 オレは苦しい息の下から、彼女の名を呼ぶ。
「耕治・・・来てくれたんだ・・・本当に・・・」
 神楽坂は黙ってオレに小さな箱を差し出す。
「?」
「今日がどういう日か、知らない筈無いでしょう・・・」
 今日は2月14日・・・バレンタインデー・・・
「オレに?」
「・・・捨てなくて良かった・・・でも、これが最初で最後・・・」
「神楽坂・・・オレ・・・」
「止めて!」
 オレが驚くほどの声で彼女は叫ぶ。
「お願いだから・・・その先は言わないで・・・私、あなたが考えているような女の子じゃないのよ・・・
 本当の私は、臆病で、卑怯で、嫉妬深くて・・・我が儘で・・・自分のことしか考えていない・・・そんな女の子だから・・・」
 神楽坂はオレから一歩後ずさる。
 オレは呆然と彼女の瞳を見つめることしかできない。
 そこからは今にも涙があふれ出しそうになっている。
「耕治・・・お願い・・・澪の、妹の所へ行って頂戴・・・あの子、本当にあなたのことが好きだから・・・
 あなたにとって本当に必要なのは私じゃない・・・澪よ・・・だから・・・」
「午前11時0分発、ひかり257号博多行き発車します・・・」
 オレの耳に無情なアナウンスが流れる。
 神楽坂はゆっくりと乗車口に向かう。
 オレは・・・
 オレは・・・
 俯いたまま、その場に立ちつくした。
 そして・・・扉が閉まる音がした。
 オレはその瞬間、全身の力を一気に解放し、乗車口から飛び込んだ。
 オレの身体が、車内に入った直後、背後で扉が閉まる音がした。 
 同時にがくんと大きな揺れが来て、列車は動き出す。
 神楽坂は大きな瞳をこれ以上は無いという程見開いてオレを見つめている。
「潤!」
 オレは初めて彼女の名前を呼ぶ。
 そして呆気にとられた潤の身体を力一杯抱きしめた。
「耕治?」
 これで嫌われても、もうかまわない!
 ここで何もしなかったらオレは一生後悔する。
 その事が分かっていたから、躊躇は無い。
 オレは有無を言わせずにオレの唇を彼女の唇に重ね合わせる。
 百万言を費やしても伝えきれる事のない、オレの想い。
「・・・んっっ・・・」
 潤は最初こそ抵抗するような気配を見せたが、それも一瞬のこと、すぐにオレを受け入れてくれる。
「・・・臆病で、卑怯で、嫉妬深くて・・・我が儘で・・・自分のことしか考えていない・・・そんなのオレだってそうだ!
 ずっと君に好きだという事が言えなくて潤を・・・君たちを苦しめていた・・・」
「・・・耕治・・・良いの?私で良いの?」
「ごめん・・・オレが意気地がないばかりに・・・」
「でも・・・それじゃ、澪は?妹は?・・・これじゃあの子が可哀想すぎるよ!」
 オレはちょっとだけ恥ずかしそうに潤を見つめる。
「潤・・・オレのこと信じてくれる?」
 彼女は良く分からないと言った表情ながら、取りあえず頷いてくれた。
 オレはほっと安堵のため息を付く。
「これは・・・その、ちょっと信じられないような事なんだけれど・・・」
 そう言いながら、オレは1枚の写真を取り出す。 
 
「澪ちゃん・・・探したよ・・・」
 背後からの言葉と共に私の肩に置かれる大きな手。
 私が一番聞きたかった声だ・・・
 でも、でも!
 私は時計に目をやる。
 午前11時:00分・・・
 潤の乗った列車が出発する時刻だ!
 私は怖くて後ろが振り返られない。
 身体が震え出すのが分かる。
「・・・耕治さん・・・行かなかったの?」
 私・・・どんな顔をすればいいの?
 笑えばいいの?
 泣けばいいの?
「どうして?どうして行かなかったの?耕治さん!!」
 これじゃ!これじゃ、潤が可哀想すぎるよ!!!
 私は怒りのこもった瞳で耕治さんを睨み付ける。
「澪ちゃん・・・オレの話を聞いて欲しい・・・」
「嫌!何も聞きたくない!!」
 私は耕治さんから逃げようとした。
 だがその腕の掴まれ、いつの間にかその胸に抱きしめられていた。
 私は必死に彼の腕を振り解こうとする。
「ちょっとだけで良い、オレの話を・・・」
「嫌!離して!はなしてぇっ!!」
 すると、私の唇に何かが触れる感触があった。
「えっ?」
 間近にある彼の顔。
 私・・・今、キスされてる・・・
 私の全身から急速に力が抜けるのが分かった。
 私・・・私・・・
「・・・落ち着いた?」
 こくりと頷く私。
 いつの間にかすっかり彼のペースに乗せられている。
 すると耕治さんはポケットから何かを取り出す。
「?」
「何も言わないで、まずはこれを見て・・・」
 手渡されたそれは・・・
「免許証?」
 私はもう一度それを見る。 
 そして私の視線は一点で止まる。
 そこには彼の名前が書かれている。
「前田・・・『耕二』?!」
 これってどういうこと?!
 私は目の前の彼に驚きの視線を向けた。
「澪ちゃん、全部君のおかげだよ・・・ハルは・・・耕治は駅に行ったよ」
「ハルって?一体?」
 耕治、いや耕二さんは私の目の前で苦笑した。
「ああ・・・ハルってのはオレの従兄弟の方の耕治のことだよ。オレ達は二人ともコウジだから、紛らわしいんで、お互いのことを『ハル』『ジロー』と呼び合って居るんだ・・・」
 耕「治」の「ハル」と耕「二」の「ジロー」・・・
 呆然とする私に耕二さんは真顔で向き直る。
「澪ちゃん、本当に謝らなければいけないのはオレの方だよ・・・オレは、君の姉さん、潤さんが好きな耕治じゃないんだ・・・・
 オレも耕治が悩んでいるのをしっていた・・・だから君の・・・いや潤さんの本音が知りたかった」
「それじゃ・・・」
 私は呆然と呟く・・・
「君と一緒だよ・・・元々、凄く似ていたオレは耕治のフリをして君に近づいたんだ・・・」
 そんな・・・そんなバカな事って・・・
 私たちはお互いに、他人になりすまして、二人で相手の事を探りあっていたんだ!
 でも・・・でも・・・
 私は・・・今までの事を振り返る。
 そう言えば、彼は決してキャロットには近づこうとはしなかった・・・
 きっと、自分の正体がばれるのを極力避けるためだったんだ・・・
 それにそもそも私と彼の出会いだって・・・
 突然訪れたのは彼の方だった!
 あの時、私が耕二さんを耕治さんと間違えなかったら、今度のことは何も起こらなかったんだ!
「・・・オレ、ずっと君を騙していた・・・本当のことを何も君に話していなかった・・・でもたった一つだけ君に嘘を付いていない事がある・・・」
「・・・何?」
「オレ、君のこと何も知らない・・・でもこれだけは言える・・・澪ちゃん、君が本当に好きだ・・・」
 その言葉を聞いて私は耕二さんの胸にすがりつく。
 もう何も要らなかった。
 私が一番好きな人が私のことを好きだと言ってくれる・・・
 彼の胸に押しつけた私の顔から涙が止めどなく流れ、彼の胸をぬらした。
 そんな私の体をしっかりと抱きしめてくれる耕二さん。
 そう・・そうなんだ。私たちはお互いにずっと嘘を付き合っていた。でも二人で過ごした時間は・・・二人が互いに感じていた気持ちだけは本物だった。それだけははっきりと言える。
 それに比べれば、お互いの名前が違っていたって、そんなこと些細なことでしかない。
「私も・・・もっとあなたのことが知りたい・・・もっともっとあなたのことを好きになりたいから・・・」
 私と彼の瞳が合った。
「ねぇ・・・もう一度、キスしてくれる?」
 彼は応えず、私に顔を寄せる。
 私は瞳を閉じた。
 が、二人の唇が触れ合う寸前、軽やかなメロディーが鳴り出した。
 いつかもあった、耕二さんの携帯電話だ。
 耕二さんは慌ててそれを取り出す。
 私は良いムードを台無しにされてちょっとむくれるが仕方がない。
 耳を澄ますと、どうやら電話の相手は耕治さんらしい。
 私は耕二さんに寄り添って、その会話に耳を傾ける。
「どうしたハル!」
「ジローすまん、お袋達に今日は帰らないって伝えてくれ!」
「はぁ?」
「実はその・・・オレも電車に乗ってるんだ・・・」
「・・・じゃあ、潤さんとは会えたんだな」
「もちろんだ!」
 私は思わず、身体を乗り出す。
「あ・・・その、耕治さん?そこに今、潤は、姉は居るんですか?」
「ちょっと待って・・・」
 私は耕二さんからひったくる様にして携帯電話を受け取った。
 耳に当てると、向こうからは忍び泣くような声が聞こえる。
 私はそのまま姉が口を開くのを待つ。
「・・・澪・・・」
「・・・潤・・・」
 いつの間にか私自身もむせび泣いていた。
 言葉に出来ない万感の想いが有る。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・でも、ありがとう・・・本当にありがとう・・・」
「ううん・・・お礼を言いたいのは私の方だよ・・・潤、本当にありがとう」
「澪・・・私、あなたと姉妹で本当に良かった・・・」
「潤・・・耕治さんと幸せにね・・・」
「うん」
 そして、電話は切れた。
 私と耕二さんは二人で顔を見合わせる。
 二人とも心よりの笑顔が浮かんでいた。
 良かった・・・本当に良かった・・・
 今はその言葉しかない。
 私はふとある事を思い出す。
「ところで・・・今日は何の日か知ってる?」
「うん?さてなんだったっけ?」
 私はずっと忍ばせていた小箱を取りだした。
 綺麗な包装紙とラッピングにされたそれは見事なまでに少女趣味をしている。
 一瞬、耕二さんが目をぱちくりする。
 私はそれがおかしくて思わず声を上げて笑う。
「・・・あ、そうか・・・今日は・・・」
 私は瞳を輝かせながら答える。
「そう、バレンタインデーだよ・・・だから・・・受け取ってくれる?」
「もちろん!」
 これが、私にとっては忘れ得ぬ、あの年の2月14日に起きた出来事だった。
 正確には私たち・・・かな?
 私と潤そして、耕二さんと耕治さん・・・
 誰か一人が欠けてもこの出来事は無かっただろう。
 人には時に「奇跡」のような事が起きるのだな、と私はその時強く思った。


エピローグ「かがやけるものたちへ」
 
「やあ!」
 彼はいつもと同じように中杉通駅に降り立った。
 私もいそいそと彼に駆け寄る。
「ふぅ、時間ぎりぎりだよ、耕二さん」
「ごめん、ごめん・・・」
「良いわよ・・・後でたい焼き買ってくれたら許してあげるから・・・」
「相変わらず甘い物には目がないね、澪ちゃんは・・・」
 私は少し舌を出して彼に抗議するが、それも本心からではない。
 私は今とても充実した日々を過ごしている。
 耕二さんと一緒だから・・・
 彼・・・前田耕二さんは今年から東京の大学に通うことになり、今は従兄弟の耕治さんの家に居候しながら、私と一緒に「Piaキャロット中杉通店」で、バイトをしていた。
 私も今度は保母さんを目指して短大を受験することになっているから、勉強に関しては心強い先輩を得たような気分だ。
 そして、耕二さんともう一人・・・
「全く、見せつけてくれるな、ジロー達は・・・」
 と私の耕二さんと双子のようによく似た耕治さん、ちょっと呆れたような顔をする。
 耕治さんも、耕二さんと同じ大学にこの春から通うことになり、二人揃ってキャロットでバイトを始めることになったのだ。
 もっとも耕治さんは昨年の夏、一ヶ月をこのお店で過ごしたから正確には復帰と言うことになるのだが・・・
 でも、耕治さんと耕二さんの二人が揃ってキャロットにやってきたときは流石にみんな驚いていた物だった。
 唯一、既に二人に会ってる美奈ちゃんを除いては・・・
 それほどにこの二人はよく似ているのだった。
 ただ二人並んで見ると、微妙な違いが有るので、慣れればどうと言うことはない。
 以前、潤や涼子さんが二人を混同したのは、後ろ姿しか見ていなかったせいらしい。
そして私が耕二さんを耕治さんと間違えたのは実に単純な理由だった。
 私は耕治さんと会ったことが無かったから・・・
 写真でしか出会ったことのない人・・・
 それが全ての間違いの始まりだったのだ。
「じゃあ、澪ちゃん、行こうか」
「うん」
 私たちは連れだってお店に向かう。
 だが数歩歩いたところで耕二さんは振り返る。
 私も振り返ると、そこには耕治さんが暮れなずむ空を見上げていた。
 西の空を・・・
 潤が居る大阪の方向だ・・・
「ハル!早くしないと、涼子さんや葵さんに怒られるぞ!」
「ああ、分かった・・・」
 実のところ、あの日、潤と一緒に電車に無賃乗車してしまった耕治さんを救ったのは、この二人が潤のために手渡した餞別だったそうなので、耕治さんはあれ以来、二人に頭が上がらないらしい。
 それ以前に最近は、電話代がバカにならないと愚痴ることが多いらしい、耕治さんは・・・
 でも潤と耕治さんはそれなりに今の状況を楽しんでいる様でもある。
 たまに会えるとき、凄く二人で過ごす時間の密度は濃いそうだ。
 私たちが心配しなくても、二人は上手くやっているのだろう。
 もっとも耕治さんに言わせれば、私と耕二さんを見ていると負けちゃいられないという気になるのだそうだ。
 私たちはちょっと苦笑しながらも、空を見上げている耕治さんを残し、先にお店に向かうことにした。

 オレは夕暮れを見上げたまま目を閉じた。
 この空の向こうに潤が居る。
 今も彼女はオレと同じ空を見上げているのだろうか?
 オレは心の中で大きく潤に呼びかけた。
「おーい!!!!」

 私は今日もいつもの二人と連れだって寮に向かって歩いている。
「あ〜あ、今日もしんどかったよ・・・」
 と愚痴る麗奈。
 彼女は私と同じで、母親が宝歌劇団の男役を勤めていて、その影響で同じ道を歩んでいる。実際、実力は私よりも上かもしれない。
「麗奈とあの教官会わないみたいだもんねぇ〜」
「うるさいよ・・・衣里は可愛いから好かれてるもんなぁ〜」
「そんなこと無いよ・・・私、ああ言うタイプ嫌いだよ」
 と混ぜっ返すのが、衣里。
 彼女は昔、子役時代に男の子を演じたのがきっかけでこの世界を目指したという、いわば経験者だ。
 でも私にとっては、二人は良き友であり、そしてライバルだ。
 彼女たちと私は同期の研修生で、こっちに来てすぐに友達になった。
 お互い、境遇が似ているせいか、うち解けるのも早かったのだろう。
 でも勉強と演技の練習。この二つが厳しいのは予想以上だった。
 折角念願かなって入団を果たしたのに、脱落していく仲間達は既に何人も出ている。
 ここにいる麗奈や衣里も人知れず涙を流したのは一度や二度じゃない。
「でもさ・・・潤は凄いよね」
「えっ、私?そうかなぁ?」
「そうだよ、あの意地悪な教官にさ、あれだけボロクソ言われても涙一つこぼさないんだから・・・」
「あたしだったら、とっくに荷物まとめてウチに帰ってるよ・・・」
「多分ね・・・私、一人じゃないから・・・」
 二人は私の言葉に一瞬、きょとんとした瞳を向けるが、次の瞬間、にっと意地の悪い笑みを浮かべる。
「そうだよねぇ・・・潤には居たんだよね、彼が・・・」
「そうそう・・・東京にね・・・」
「でも・・・ちょっと羨ましいな・・・」
「ホント、いつも見守ってくれる人が居るなんてね・・・」
「もう・・・二人とも・・・」
 と言いかけた私はふと足を止める。
 何故だか耕治が私を呼んだような気がしたのだ。
 振り仰ぐと暮れなずむ空が見えた。
 私は東の空を見つめていた。
 ・・・耕治も今この同じ空を見ているのかな?
 私は目を閉じて耕治に呼びかける。
「耕治・・・私は元気だよ。
 ちゃんと頑張ってるから心配しないで・・・」
 すると耕治が私に向かって微笑んでくれたような気がした。
 身体は遠く離れていても、想いはいつも側にある。
 きっと心はいつも繋がってるんだよね・・・
「もう、潤!何やってるの!」
 声に振り返ると、衣里と麗奈が交差点から私に向かって大きく手を振っている。
 私は二人に向かって駆けだした。
   
 二人が見上げていた空にはいつの間にか星が一つ瞬いていた。
 まるで二人の姿をずっと見守り続けるように・・・
   
 Beat on  Dream on
 作詞:小室みつ子

 間違いじゃない 君が信じてたこと
 僕らはずっと同じもの 探してたのさ
 なのに別の軌道の 惑星みたいだね
 ふたり ひきさかれて
 この空と 命があふれる大地
 分け合いたいよ

 だからBeat on! いつかふたりが
 Beat on! ひとつになる日 星は輝く
 いつも Dream on! 悲しみのわけ
 Dream on! 闘いの意味
 君と見つけよう

 間違いじゃない 君が選んだこと
 だから後悔などしないで あきらめないで
 同じ夢見てたのに まわり道ばかりで
 ふたりすれちがった
 この空で一番 美しい星を
 まもるためだね

 だからBeat on! 君がいたから
 Beat on! 強くなれたと やっとわかった
 いつも Dream on! 孤独な今日を
 Dream on! 走り抜けたら
 君に会いたい
  
この空と 命があふれる大地
 分け合いたいよ
 だからBeat on! いつかふたりが
 Beat on! ひとつになる日 星は輝く
 いつも Dream on! 悲しみのわけ
 Dream on! 闘いの意味
 君と見つけよう
 
          「二の喜劇」(了)


あとがき

何とか終わりました、「二の喜劇」。
正直、もうたまりません。
取りあえずは何とか終わったので良しとしましょう。(苦笑)

ところで皆さんは「Pia2」における「耕治君」存在理由って考えてみたこと有ります?私的には彼は「デウス・エクス・マキーナ」であると考えています。
ちなみにこの「デウス・エクス・マキーナ」とは古代ギリシャ悲劇に端を持つ演劇の用語で、「話が行き詰まったとき、思いがけない人物が現れて全てを強引に解決してしまう」方式の事です。
 もの凄く平たく言ってしまえば「ウルトラマン」に於ける「ウルトラマン」のポジションにいるキャラと言うことになるのでしょうか?
 実際、「Pia2」では耕治君が居る居ないに関わらず、女の子達の「物語」は進行するわけで、たまたま耕治君が関わることによってここのストーリーは「解決」するという構造になっているような気がします。
 それじゃ、耕治君はウルトラマンな訳ね・・・
 と言う事に私のSSではなっていますね。(笑)
なお、勘の良い方は気付かれたと思いますが、今回のSSは「法月綸太郎」氏の「二の悲劇」のパロディです。
 と言うか当初のストーリーが出来た時点でこれは既に「二の悲劇」だなと分かったのでもう素直に、パロディと割り切りました。
 このSSを読まれて興味を持たれた方は一度読んでみられては如何でしょうか?

 後、ラストに書いた詩は「ウルトラマン・ガイア」のEDテーマです。
 ごく個人的には、このSSのラストにはこの歌を流したいなぁ・・・と(苦笑)
 趣味に走り過ぎかな?
 
PS.劇中に登場した「ハル」ですが、これは新馬カザンさんのオリジナル「ほえたま」の主人公から拝借していたりします。
  カザンさん、どうもすみませんでした。

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