ちょっとおかしな三角関係
最後に笑うのはいったい誰か?
そこにあるのは素敵なひととき
ハートフルファミリーレストラン
Piaキャロットへようこそ!!
Piaキャロットへようこそ!!2SS
written by FUE Ikoma
Muchos Encuentros
第8話『ラヴ・スクランブル』
Guest:IRIE Masumi
「なるほどね、そういう展開になったんだ」
「はい。作戦失敗でした」
駅の近くにある喫茶店。
紀子は美樹子に、あずさと潤のデートの一件の報告をしていた。
「あずさちゃんに恋人がいると思わせることには成功した、と」
「はい、潤さんがうまく恋人役を演じたみたいで。さすが俳優の卵さんですよね」
美樹子がこれまで聞いた話を要約する。
「でも、真純ちゃんはあきらめなかったんだ」
「そうなんです」
「う〜ん……」
美樹子が腕組みをして考え込む。
紀子は、潤が女であることは話さなかった。あの後、潤がピアキャロットで男性として通してきたことの詳しい話をあずさやともみ達と聞いたとき、潤の頼みにより他言無用と約束したからである。
「な〜んか面白そうね」
美樹子の表情が楽しそうなものへと変わった。
「報告、ありがとね」
「い、いえ、そんな、どういたしまして」
美樹子のお礼の言葉に紀子は照れながら応える。
「あ、そうそう」
美樹子は何かを思い出すと、かばんの中をあさり、まもなく一冊の本を取り出した。
「はい、これはお礼」
美樹子は本を紀子に差し出す。
「これは……?」
「あたしの同人誌。この前のイベントで出したやつなんだけどね」
「先生が、描いたんですか?」
「そうよ。読んで、感想なんかも聞かせてくれたら嬉しいな」
「でも、いいんですか?」
「あなたに読んでほしいから持ってきたの。受け取ってもらえる?」
「はいっ」
紀子は嬉しそうに返事をすると、同人誌を受けとった。
「どうしてこういう展開になるわけ?」
あずさが強い口調で言う。
「俺に言われてもなぁ」
「まさか、ここまで追ってくるとはね」
耕治と潤は、げんなり、といった表情を浮かべている。
真純の自己紹介の後、涼子はフロアへ、つかさは真純を連れて店内の案内へと行ったため、事務室にはあずさ、潤、耕治の3人が残る形になった。
本来ならすぐにそれぞれの勤務場所に行かなければならないところなのだが、3人とも真純がやって来たことにしばらく呆然としていた。
「前田君、どう責任とってくれるの?」
「おい、俺が悪いって言うのか?」
あずさは耕治に噛み付くが、耕治も言い返す。
「そうでしょ。前田君が、その、神楽坂君を影武者にするから、私がそっち系の人だって思われちゃったんじゃない」
「何だよ、日野森だって結構乗ってただろ」
「なっ、そんなわけないでしょ」
「顔赤くしたって説得力ないぞ。さては、神楽坂にときめいてたか? 残念だったな、神楽坂にそっちの趣味がなくて」
「なぁ〜んですってぇ〜」
「2人とも、喧嘩してる場合じゃないよ。これからどうするかを考えないと」
一速触発状態だったが、潤が2人をなだめる。
「……そうだな」
「……そうね」
耕治とあずさも不満げな顔ながら潤の言葉に従った。
少し空気が緩んだとき、フロアへ通じるドアが開いた。
「あずさお姉ちゃん、来てるんなら早くしてよぉ」
事務室の会話が聞こえてきたのか、既にフロアで接客をしていた美奈が入ってきた。
「あ、ごめん、ミーナ」
「それじゃ、この話は仕事が終わったあとでな。行こう、神楽坂」
「あ、うん」
あずさと美奈はフロアへ、耕治と潤は倉庫へと向かった。
倉庫整理は重労働である。
重い荷物を運ぶという力仕事のため、もっぱら男性従業員が担当することになっている。
「くっ。重いっ」
荷物が予想以上に重かったのか、潤の足元がふらついた。
「わっ……あれ、耕治?」
そのまま前のめりに倒れそうになった潤を耕治が支えていた。
「こいつは俺が運ぶよ」
耕治はそのまま荷物を自分の両腕に抱え直した。
「あ、うん。へへっ、ありがと」
(う゛っ!)
見詰め合う姿勢でほのかに赤らんだ潤の笑顔を見たことで、耕治の心拍数は跳ね上がってしまった。
「か、神楽坂は軽そうなの選んで運べよ」
耕治は慌てて体を反転させると潤から離れた。
(普段男の格好しているとこしか見ないけど、神楽坂も可愛いんだよな)
そんなことを考えてしまう。
一方潤は、ご機嫌な表情で作業に戻っていた。
潤は倉庫整理が好きになっていた。
倉庫整理は基本的に耕治と2人でやることになっている。
つまり、倉庫整理のときはフロアと違い耕治を独占できるのである。
私語を交わしていてもとがめられない。
女性の潤には力仕事はきついがそれ以上のメリットがあった。
耕治と2人でやりたかったため、裕介の手伝いも断った。
哲弥が加わってからは3人でやっていたが、哲弥は今は早番に移っているのでまた2人でやっている。
倉庫整理は潤にとっては至福のひと時だった。
倉庫整理を始めてから1時間ほどたったとき、扉が開き、涼子が真純を連れて入ってきた
「あれ? 涼子さん、どうしたんですか?」
耕治が尋ねる。
「ちょっと、神楽坂君に頼みたいことがあるのよ」
「え? ボクに、ですか?」
「ええ、入江君に、仕事を教えてあげてほしいの。坂巻君のときは、前田君だったから」
「でも、ボクは……」
潤は言葉を濁す。視線は真純のほうを向いては逸らすということを繰り返す。
「あの、俺がやってもいいですけど」
潤の雰囲気を察した耕治が名乗り出る。
「ぼく、神楽坂さんがいいです」
しかし真純は潤を名指しした。
「入江君もこう言ってるんだけど、神楽坂君、引き受けてくれるかしら?」
「……わかりました」
潤は少し間をおいて返事をした。
「ありがとう。それじゃ、入江君、がんばってね」
「はい。神楽坂さん、よろしくお願いしますね」
真純は潤の目の前まで歩いてくると、屈託のない笑みを浮かべた。
「それと、前田君」
涼子が今度は耕治に声をかける。
「はい、何ですか?」
「フロアのほうに回ってくれないかしら? 今、人手が足りないのよ」
「ええっ?」
涼子の言葉に声をあげたのは潤だった。
「どうかしたの、神楽坂君?」
「あ、いや、何でもないです」
潤は愛想笑いを浮かべながら胸の前で両手を振る。
「そう、それじゃあお願いね、神楽坂君。前田君はフロアに行ってね」
「はい。それじゃあ神楽坂と……入江、後はよろしくな」
耕治は苦笑を浮かべると倉庫を出て行った。涼子もその後に続く。
倉庫には男装した少女2人が残る形となった。
「がんばりましょうね…潤さん」
「あ……う、うん」
笑顔を崩さない真純に、潤は言い知れぬ不安を感じた。
「えっと、この荷物は向こうの棚に置こうか」
「はい……よいしょっと」
潤と真純の倉庫整理はしばらくの間何事もなく進んでいった。
真純は潤の指示通りに動いていたし、潤の目から見て女の子にしては力があった。
しばらくは警戒していた潤だったが、その緊張も解けかけていた。
「ここって静かですね」
不意に真純が話しかけてきた。
潤が真純の方を見ると、真純は作業の手を止めて潤に顔を向けていた。
「あ、うん、そうだね……ここ、扉も壁も分厚いから、扉閉めちゃうと外の音は全然入ってこないし」
潤は相槌を打つと1度深呼吸し、再び走った緊張を解こうと言葉を付け加えた。
「だから、お喋りしながらやってても怒られないんですよね」
「あはは、確かにね」
笑顔の真純に感じたのは安心か恐怖か、とにかくつられて潤も笑った。
「子供には見せられないようなこともできますよね」
「ま、まあ、そうかもしれないね」
潤の顔が少し引きつった。
「でも、もっとすごいことができますよ」
「な、何?」
「殺人」
「え?」
真純の笑みが、射抜くようなものに変わった。
「ここなら、崩れてきた荷物の下敷きになった、という事故に簡単に偽装工作できますからね」
「そ、そう?」
潤は数歩真純から距離をとった。
真純の両目が光を発している。
「は、はは、冗談だよね」
潤は恐怖に後ずさるが、すぐに壁際まで追い詰められてしまった。
「冗談じゃありませんよ。あなたの死から、あたしとあずささんのラブストーリーが始まるんです。そう、こんな風に――――」
あずさ:神楽坂君、どうしてこんなことに。
真 純:ごめんなさいあずささん、あたしが……。
あずさ:うっ、うう……神楽坂君。
真 純:あずささん………あたしが、あたしがあなたを守るから。
あずさに献身する真純。そして――――。
あずさ:真純ちゃん、あなたは私に優しくしてくれるけど、その優しさが私には辛いわ。
真 純:そんな……どうしてです?
あずさ:あなたは、神楽坂君のことに責任を感じてるの? そんなんじゃ、私だって立ち直れないわよ。
真 純:そ、そんなんじゃないですよ。
あずさ:それとも、あなたに甘えることで神楽坂君のことを忘れろっていうの? どっちにしろ、あなたのしてることは残酷よ。
真 純:あずささん、あたしは――――。
真純、あずさを抱きしめる。
あずさ:ちょ、ちょっと、真純ちゃん。
真 純:あたしは、あずささんには笑顔でいてほしいんです。好きな人の笑顔が見たいんです。
あずさ:真純ちゃん……。
「こうして潤さんの死を乗り越えて育まれていく愛。はぁ、なんてロマンチックなんでしょう」
真純は身振りを交えながら、自分の頭の中で展開されている話を語った。表情は恍惚としている。
「そ、そううまくいうものかなぁ?」
潤はただ呆れている。
「あ、別バージョンの話も用意してますよ。こんな感じです」
あずさ:あなたのせいで…あなたのせいで神楽坂君は死んだのよ!
真 純:ごめんなさい……ごめんなさい……。
あずさ:許さない。私、あなたのこと許さないから。
真 純:あずささん……でも、あたしは………。
そして、時が流れ――――。
あずさ:私、あの人のこと許さないって誓ったのに。あの人はいつも笑顔で私に接してきて。
私は神楽坂君に、あの人に、どんな顔すればいいのよ。
真 純:笑っていてください。あたしにも、潤さんにも。
あずさ:真純ちゃん……。
真 純:あたし、あずささんの笑顔が大好きです。きっと、潤さんだって。
あずさ:真純ちゃん……ありがとう。
「あ、こっちのバージョンもいいですよね」
「どっちも無茶な展開だと思うけど。っていうか、どっかで聞いたような話だな」
「それじゃあ、バージョン3です」
「まだあるの?」
真純は3度語りだした。
「よっ、前田さん」
「あ、いらっしゃい、ユキちゃん」
ウェイターをしていた耕治は4人がけの席に座っていたユキに声をかけられた。
同じテーブルには他に誰もいない。
「今日は、ともみちゃんや紀子ちゃんは一緒じゃないんだ」
耕治のこの一言に、ユキは拗ねたような表情になる。
「あのね、いくら親友だからって、年がら年中一緒ってわけじゃないのよ」
「ああ、うん、それもそうだね」
「前田さんってさ、あたしの事、ともみのおまけだと思ってない?」
「思ってないってば」
目を細めて尋ねてくるユキに、耕治は苦笑しながら反論した。
「ならいいけど。あ、この前は面白かったよね」
「そ、そう?」
(面白かったというのか、あれは?)
「そういえば、さっき真純さんらしき人を見かけたんだけど」
「えっ?」
「ウェイターの服着てたんだよね。だから別の人かな〜って思ったら、名札には『いりえ』ってあったし。ねえ、何があったの?」
「はぁ。実はね――――」
隠しても無駄だと思った耕治は、真純が潤と同様、男性としてピアキャロットのアルバイト社員になったことを話した。
「ふ〜ん。あきらめないとは言ってたけど、そこまでするとはね」
「ああ、俺も驚いたよ」
そのときだった。
「娘が何か?」
耕治にそう声をかけてきたのは3,40代だと思われる中年の紳士だった。
「あ、パパ」
ユキがその紳士に声をかける。
「パパって、ユキちゃんのお父さん?」
「うん。パパ、この人が前に話した、前田耕治さんだよ」
ユキは耕治の問いに答えると、父親に耕治を紹介した。
「ほう、君がね……」
ユキの父親は、耕治を頭のてっぺんからつま先まで、じっくり観察した。
(うぅっ、何だか緊張するなあ。それにしても『前に話した』って、ユキちゃん、俺のことどんな風に話したんだ?)
「前田君」
「は、はいっ」
いきなりユキの父親から声をかけられ、耕治の心拍数が急激に跳ね上がった。
「注文、お願いできるかな?」
「か、かしこまりました」
注文を取る耕治は、いつもより固くなっていた。
「そして、あたしとあずささんとのめくるめくラヴストーリーが、って、キャー! もう、あたしったら」
真純の、あずさとの妄想ラブストーリーは6編目に突入していた。
潤はあくび交じりにそれを聞いている。
「というわけで潤さん」
「え?」
突然真純が現実に帰ってきた。
「あたしとあずささんの未来のために………死んでもらいます」
(しまった、真純ちゃんが妄想している間に逃げておけばよかった)
気づくのが遅かった。
真純は指の関節を鳴らしながら、少しずつ潤との距離を縮めていく。
潤は壁際に追い詰められ、これ以上後退できない。
そのとき、倉庫の扉が開いた。
「ちょっとおじゃましまーす」
真純が声のした方を向く。
その隙に潤はその場をを逃げ出す。
「あずささん、どうしたんですか?」
真純が倉庫に入ってきた女性、あずさに尋ねる。
「ナフキンの在庫を取りにね」
あずさが答えてナフキンが置いてある棚の方に歩き出したときだった。
「あずささ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
「きゃっ、か、神楽坂君?」
緊張の糸が解けた潤があずさに抱きついてきた。
「どうしたの?」
「…………………………」
あずさは尋ねるが、潤は答えない。声が出せない。
「もう、しょうがないわね」
あずさは苦笑すると、潤の頭と背中に手をやると、あやすようになでた。
男の格好をしているとはいえ、潤はあずさから見れば年下の女の子。美奈という妹がいるあずさには可愛く映っていた。
(あ、ああああ、な、なんて羨ましい)
真純は歯を食いしばりながらその2人を凝視していた。
「真純ちゃん。神楽坂君、どうしたの?」
そんな真純にあずさが尋ねてきた。
「あ、それは、その……」
真純は答えに窮した。
(『今、私が亡き者にしようとしてました』なんて言えるわけないよね。ここは誤魔化しておこう)
「え、えっと、急にねずみが現れて、それが潤さんの顔に飛び乗ってきたみたいで」
(潤さんは後で脅しておかなくっちゃ)
真純の思考は危険な方向に進んでいく。
「そうだったんだ。神楽坂君、それはびっくりするよね」
あずさは潤を抱きしめる手に少し力をこめた。
(くっ、羨ましいけど、あずささんに怪しまれないためにも、ここで無理に引き剥がすのは得策じゃないわね。でも、潤さんはそのうち必ず排除しなくっちゃ)
その様子を黙って見ていた真純は決意を固めた。
しばらくその状態が続いていた。
「ねえ、あずさちゃん、いつまでかかって、る、の?」
そのとき、なかなか戻ってこないあずさを気にしたつかさが扉が開け放しになっている倉庫の入り口から姿を見せたが、倉庫内にいる3人を見るなり固まった。
(抱き合うあずさと潤)+(羨ましそうに見つめる真純)=???
つかさは上記の式から以下の解答を導き出した。
(え〜っと、あずさちゃんと潤ちゃんがラブラブで、真純ちゃんがあずさちゃんを好き、ってことだよね? あずさちゃんをめぐる美少年2人の三角関係?)
実際は3人とも女なのだが、あずさと耕治を除けばピアキャロットの従業員には潤と真純は男で通っている。
「あ、あの、つかさちゃん、これはね、その――――」
「あ、あはははは。それじゃ、ごゆっくり〜〜」
あずさが弁解する前に、つかさは棚からナフキンの入った箱を下ろし抱えると、手を振りながら倉庫を出て行った。
(うぅ、つかさちゃん、何か誤解してるような気が。とりあえず、フロアに戻らなくっちゃ)
あずさは潤を抱いていた手を離したが、潤はあずさから離れない。
「ねぇ、神楽坂君。私、そろそろ戻らないと」
あずさが潤を引き剥がそうとするが、潤は離れない。
「……ここにいて」
声が出せなかった潤だが、やっと絞るようにそれだけを言った。
「え? 神楽坂君?」
あずさは面食らっていた。今まであずさの目には、潤は控えめな人物として映っていた。ここまで強情なのは珍しい。
「行っちゃやだ」
潤があずさを見上げる。その瞳には、うっすらと涙がにじんでいる。
(そんな捨てられた仔犬みたいな目で見ないでよ〜)
あずさは潤を突き放せないでいる。いい加減にフロアに戻らなければならない。
潤にしてみれば、今あずさに戻られるのは死活問題だった。真純と2人きりになったら殺されてしまう。
「日野森、まだいたのか」
あずさが声のした入り口のほうを向くと、耕治が戻ってきていた。
「耕治……」
潤も耕治の姿を確認すると、あずさから手を離した。
「一息つくのもいいけどさ、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」
耕治が指摘する。
「え? う、うんそうね。それじゃ、神楽坂君」
「……うん」
潤が軽く頷いたのを確認すると、あずさはフロアに戻っていった。
「さてと、やるか」
「うん」
「はいっ!」
まだ完全に立ち直っていない潤は弱々しく、気合十分な真純は元気よく耕治に続く。
その後は耕治がいたこともあり、真純が仕掛けてくることはなかった。
倉庫からフロアに戻ってからしばらく、あずさはしばらくつかさのことを気にかけていた。
つかさの方でも同様だったらしく数回目が合ったが、その度につかさは慌てて視線を逸らした。
それでもやがて仕事に没頭し、つかさのことは頭から抜けていった。
そして閉店の時間を向かえ、あずさは美奈と事務室に入っていった。
事務室には、裕介、涼子、つかさ、早苗がいた。
「やあ、2人とも、おつかれさま」
裕介が2人に声をかける。
「はい、それではお先に失礼します」
「失礼しま〜す」
あずさが挨拶し、美奈がならう。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「あの、何か?」
「? 美奈たち、何かしましたか?」
自分たちを見つめたまま何も言わない一行を不審に思ったあずさと美奈が問い掛ける。
「あ、あのね、あずささん」
涼子が口を開いた。
「従業員同士の恋愛について口をはさむ気はないけど、職場ではわきまえてもらいかしら」
「えぇっ!?」
「あ、あずさお姉ちゃん?」
あずさはつかさのほうに目をやる。
「あはははは、何か、ラブラブだったよね。あずさちゃんに潤ちゃん」
つかさがあずさの方を見ずに答える。
あずさは、つかさが倉庫内で見たことを言っているのだとわかった。
「ち、違うんです。あれは、その――――」
あずさが言い訳しかけたとき、耕治が入ってきた。
「あ、耕治ちゃん。ねぇねぇ、あずさちゃんと潤ちゃんが」
「つかさちゃん!」
「何だかラブラブだそうです」
あずさがつかさを制するが、代わって美奈が続けた。
「先ほども、倉庫で固く抱き合ってたとか」
早苗も続く。少し頬が赤くなっている。
「日野森……」
耕治が苦笑しながらあずさを見る。
つかさはそんな耕治の反応に疑問を持った。
「耕治ちゃん。あずさちゃんと潤ちゃんのこと、知ってたの?」
「それは……」
耕治があずさを見ると、あずさは目で必死に訴えかけていた。
更衣室のある方にも目を向ける。
「うん。ちょっと小耳にはさんでね」
耕治は少し考えた末、肯定の返事をした。
あずさを見ると、期待した答えと違ったのか、肩を落としている。
「そうなんだ。あ、それでね、今日入った真純ちゃんもあずさちゃんが好きみたいなんだよ」
「まあ、そうなんですか」
さらに話を続けるつかさに早苗が乗ってくる。
「うん。抱き合う2人を見る目、何か怖かったから」
「あずささんと潤君、自分達の仲を真純さんの前で見せつけたんですね」
「あずさお姉ちゃん、大胆です」
「だからそうじゃなくて〜」
「あずさちゃん、照れなくていいよ。ボク、応援するから」
「そうですね、がんばって下さい」
「美奈は、あずさお姉ちゃんの幸せを祈ってます」
つかさ、早苗、美奈の3人は盛り上がっている。そこには強力なライバルが1人減ったという安心感もあった。
「コホン!」
そこへ涼子が大きく咳払いをすると、全員が黙り込み涼子を注目した。
「話の続きですが……風紀維持、ということもあるから、仕事中は、あと休憩時間中でも店内で必要以上に仲良くするのは謹んでもらいたいの。そうですよね、店長」
「あ、ああ、そうだね」
「……何か?」
「いや、何でもないよ」
歯切れの悪い裕介の態度に涼子は首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。
そこに、着替えを終えた潤が入ってきた。
真純を恐れ、一足先に更衣室に入ると猛スピードで着替えたのである。
「何か、にぎやかですね」
潤が場の雰囲気から言う。
そんな潤に、スクープを取材するレポーターのようにつかさ達が群がった。
「ねぇ、潤ちゃん。いつからあずさちゃんと付き合ってるの?」
「え? つかさちゃん、何言って――――」
「美奈、ちっとも知らなかったですよ」
「隠すなんて、水臭いじゃないですか」
「美奈ちゃんに早苗さんまで、何なんですか?」
潤は状況を理解できないでいる。
「日野森と神楽坂が付き合ってるってこと、みんなに知れ渡ってるみたいなんだ」
「ちょっと、前田君」
耕治が場に合わせてフォローしたつもりだが、あずさがそれを抑えようとする。
「何がどうなってるの?」
潤があずさを見ると、あずさは手を合わせて謝罪のポーズをとっている。耕治を見ると、呆れた表情である。
「もう、とぼけなくてもいいのに。倉庫で固く抱き合ってたの、ボク、しっかり見てたんだから」
「え? いや、あれはその――――」
「それで、あずさお姉ちゃんとはいつから付き合ってるんですか?」
「やっぱり潤君から告白したんですか? それともあずささんから?」
真純がまだ更衣室から戻ってない今、ここで自分が命の危険にあることを話そうかと考えた潤だったが、今のつかさ達は最後までしゃべらせてくれない。
「う。えっと、その話はまた今度ってことで。それじゃ、ボクはお先に」
潤は逃げることにした。
「もう、何言ってるの」
「そうです。あずさお姉ちゃんを待っててあげてください」
「私達に遠慮することありませんから」
逃げられなかった。
「それじゃ、あずさお姉ちゃん。潤くんが待ってるから着替えてこよ」
美奈があずさの手を引っ張る。
「ミーナ」
「美奈のことは大丈夫だよ。耕治さんに駅まで送ってもらうから」
「あ、ボクも一緒に行くよ」
つかさも美奈についていく。
そして、ドアノブに手を伸ばしたときだった。
バンッ!!
勢いよくドアが開いた。
大きな音に驚いた全員がドアのほうを見ると、そこには下を向いた真純が立っていた。
「フフフフフ……聞きました聞きました。聞かせてもらいましたとも」
「真純ちゃん?」
ただならぬ雰囲気の真純につかさが声をかける。
真純が顔をあげた。その表情は真剣そのものである。
「あずささんと潤さんが公認の仲になったからってぼくはあきらめませんから。ここに宣言します! あずささんをぼくの方に振り向かせると!」
右腕で作った拳を顔の前にかざしながら、真純は高らかに宣言する。
それを見ていた一同は、真純の背後で炎が上がっているように見えた。
ニヤリ
真純が潤に笑いかける。
潤は強烈な悪寒を感じて体をちぢ込ませた。
「あ、あははは……ミーナ、行こう」
あずさは美奈の手を引くと、逃げるように事務室を出て行った。
「あ、待ってよ〜」
つかさもその後を追っていった。
3人がいなくなった事務室に静寂が訪れた。
「何か、妙な展開になってきたなあ」
耕治が誰にともなくつぶやく。
「はぁ、お店に悪影響が出なきゃいいんだけど」
涼子はため息混じりにつぶやいた。
「まあ、そのあたりは大丈夫なんじゃないかな」
裕介がフォローする。真純の面接を担当したのは裕介だった。倉庫で潤に見せたような態度を真純が面接で取るはずもなかったが。
「これからどうなるんでしょうね?」
「縁君、楽しそうだね」
裕介は早苗に声をかける。普段大人しい女性として裕介の目に映っていた早苗が積極的に話に加わったことが新鮮だった。
「あら、店長。私だってこういう話には興味ありますよ」
「そうか、そうだな」
裕介と早苗は顔を見合わせて軽く笑った。
(葵が今日休みでよかった)
涼子はそう思っていた。
潤は家に帰り着くなり自室のベッドに倒れこんだ。
(も、ダメ)
本日は倉庫整理という力仕事だったこともあったが、命を狙われたこともあっていつも以上に疲労がたまった。
帰りはあずさと真純が一緒だったが、真純がほとんど一方的にあずさにしゃべり続けており、潤は何も言えなかった。
(あずささんには悪いけど、もう限界かも)
そう考えた潤は、あずさに電話をかけることにした。
部屋に置いてあるコードレス電話を手に取ると、携帯電話に記録してあった日野森家の電話番号を確認し、かける。
携帯電話の通話料は自分で払っているため、家にいるときは自宅の電話を使うようにしているのである。
3回半のコール音の後、電話に出る音が聞こえてきた。
“はい、日野森です”
女性の声だった。
「夜分遅くすいません。ピアキャロットの神楽坂と申しますが、あずささん、ご在宅でしょうか?」
“あ、潤くん。あずさお姉ちゃんですね。ちょっと待っててください”
電話に出たのは美奈だった。
保留音に切り替わってから約10秒後、あずさが電話に出た。
“もしもし”
「あ、あずささん、神楽坂です」
“神楽坂君、どうしたの?”
「あずささん……このままじゃボク、殺されるかも」
“ええっ!? ちょっと、どうしたの?”
潤の口から出た言葉にあずさは驚いた。
それから、潤は倉庫であったことを話した。
本来ならば冗談のような話だったが、倉庫での潤の態度を思い出すと、冗談とは思えなかった。
“わかったわ。今までありがとう。ごめんね、変なことに巻き込んじゃって”
「ボクの方こそ、途中で投げ出すみたいで申し訳ないけど」
“仕方ないわよ。命あっての物種だしね。キャロットのみんなには、明日説明しましょう”
「うん。でも、真純さんの方はどうするの?」
“それは………大丈夫よ。何とかするから”
「そうなの?」
“うんうん。大丈夫大丈夫。それじゃあ、明日ね”
「うん。おやすみなさい」
そこで電話は切れた。
「さて………お風呂に入ろう」
潤はクローゼットに足を伸ばした。
翌日、あずさが出勤すると、葵が嬉しそうな顔で近寄ってきた。
「聞いたわよ〜、あずさちゃん。もう、そういうことは、お姉さんに教えてくれなきゃダメじゃない」
「あ、葵さん、その話は閉店後にでも」
「もう、約束よ」
あずさは逃げ出した。
フロアに出ると、既に仕事に入っている潤に会った。
「神楽坂君。それじゃ、閉店したらね」
「うん」
短い会話を交わすと、あずさも仕事に取り掛かった。
仕事中は、何事もなく進んでいった。
潤はフロアだったため、真純が仕掛けてくることはなかった。
それでも潤は警戒し、1人で行動するのを避けてはいたが。
そして、閉店時間を迎えた。
着替えを終えたあずさがフロアに行くと、休みである美奈を除いて、主だったメンバーが集まっていた。
「あずささん、みんなを集めるなんて。どうかしたの?」
あずさが入ってくるなり涼子が尋ねてくる。
「それは、やっぱり、潤クンとののろけを聞かせてくれるんでしょ? もう、わざわざみんなを集めるなんて好きねえ、あずさちゃんも」
「あ、葵さん」
「潤クンも、照れない照れない」
葵は早く聞きたくてたまらないといった表情をしている。
前日休みだったがために乗り遅れたことが、葵には残念でたまらなかった。
あずさは潤に目線を向ける。
潤もあずさと目を合わせると、黙って頷いた。
「実は――――」
あずさが話しかけたときだった。
「こんばんは〜、って、あれ? みんなお揃いで、何かあったの?」
突然の来客は、留美だった。
「留美。どうしたんだ、こんな時間に?」
「友達と遊びに行って、近くを通ったから寄ったんだけど。何かあったの?」
裕介の問いに答えた留美は、閉店後のフロアに大人数で集まっていることに疑問を持った。
「実はね〜、これから潤クンとあずさちゃんとのラブラブ話が聞けるのよ」
「えぇ〜っ! 2人、付き合ってたの?」
葵の説明に留美は目を丸くした。
「ねえねえ、いつから? どっちから告白したの? どこまで行ってるの?」
「留美ちゃん、落ち着いて。それをこれから話してもらうんだから」
「あ、ごめんなさい」
葵に諭されて、留美は1歩下がった。
そのとき、留美に歩み寄って来る姿があった。
「あ、あの、留美さん、っておっしゃるんですか?」
真純だった。
「そうだけど。キミは?」
「あ、あたし、入江真純って言います」
「『あたし』………?」
留美は、男の服装をしている真純と一人称との食い違いに疑問をもった。
じっと真純の顔を観察する。
「あ、わ、わ……」
真純の顔が赤くなっていく。
「キミ、女の子?」
「はいっ」
「「「「えぇ〜っ!?」」」」
周囲から驚きの声が上がるが、真純は構わずに話を進める。
「あの、あたし。留美さんを一目見たとき、心に燃え上がるものを感じてしまって……」
真純はうっとりした表情で話しながら留美の手を取ると、自分の左胸の押し当てた。
「わかりますか? あたし、こんなにもドキドキしてるんです」
留美が感じた真純の胸の感触は、正真正銘女性のものだった。
留美の顔が引きつっていく。
「わ、悪いけど、留美、そういう趣味ないから。じゃ、さよならっ!」
留美は真純の手を振り解くと一目散に逃げ出していった。
「あ、もう。待ってくださいよ〜」
真純も留美を追いかけて飛び出していった。
…………………………。
…………………………。
…………………………。
しばらくの間、沈黙が周りを支配した。
「何だったんだろう、今の?」
「さ、さあ」
ようやく口を開いたつかさに、曖昧な返事を耕治が返す。
「ま、まあでも、これで三角関係は解消ね。潤クン、あずさちゃん、お幸せにね」
葵が話を戻した。
「違うんです」
「違うって、何が違うんですか?」
あずさの言葉に早苗が問う。
「ボク達が付き合ってるっていうの、嘘なんです」
肝心なことを言ったのは潤だった。
「もう、いまさら照れ隠しにそんなこと言わなくていいのよ」
「そうだよ、ボク達に遠慮することなんかないんだよ」
葵とつかさは本気にしようとしない。
「話を聞いてください!」
強い口調で言ったあずさの言葉に、葵とつかさも面食らった表情になる。
その様子を見て、あずさは話し始めた。
ラブレターをもらったこと。断るつもりであったこと。相手が女の子で驚いたこと。潤に影武者を頼んだこと。真純と潤を会わせたが、真純はあきらめなかったことまでを話した。
まず耕治に相談したことや、潤が女だと知ったことは話していない。
耕治も口をはさまなかった。
「じゃあ、倉庫で抱き合ったたのはどういうことなの?」
その様子を目撃したつかさが尋ねる。
「あれは、ねずみに驚ちゃって」
潤はこのことに関して本当のことを言わなかった。
自分が殺されそうだったなどという話よりは、ねずみに驚いたという話の方が信じてもらいやすいと判断したからである。
「な〜んだ、そうだったんだ」
「私達が騒いでただけだったんですね」
「何だか馬鹿みたいね」
つかさ、早苗、葵が残念そうに言う。
あずさと潤は、安堵の表情を浮かべた。
「でも、1つわからないことがあるな」
その雰囲気を破ったのは、裕介だった。
「どうしたんですか、店長?」
涼子が尋ねる。
「入江君、どうしてキャロットでは男装してたんだろう?」
「あ、そういえばそうだよね」
「あずささんに近づきたいなら、女の子の方が目立ちにくいでしょうしね。あずささんは真純ちゃんが女の子だって知ってたんですし」
裕介の疑問に、つかさと早苗が共感する。
(((まずい)))
あずさ、潤、耕治の背中を冷や汗が伝う。
「となると、考えられるのは、ライバルに対抗しようとした、という理由かしら」
「何言ってるの葵。それだと神楽坂君が女の子だってことになるわよ」
「だから、そうだって言ってるのよ」
葵の推理に涼子が口をはさむが、葵は言い切った。
「「「「ええっ!?」」」」
涼子、つかさ、早苗、裕介が驚きの声をあげる。
「な、何言ってるんですか、そんなわけないですよ」
潤が否定しようとするが、声が上ずってしまった。視線が潤に集中する。
「言われてみれば、女の子っぽい顔してるよね」
つかさが潤の顔を見つめて言う。
「体つきも華奢ですし」
早苗が潤のウェイター姿を思い出しながら言う。
「倉庫整理の日の後は、いつも人一倍疲れてたみたいだったわね」
涼子も倉庫整理の後の潤の姿を思い出していた。
「さあ、これだけの証拠がそろってるけど。どうなの、神楽坂君?」
葵を筆頭に、耕治とあずさを除いた全員が潤に詰め寄る。
潤は小さくため息をついた。
「今まで騙しててごめんなさい。私、女の子です」
そして、認めた。
「おい、神楽坂」
「いいんだよ、耕治。最初から、みんなに怪しまれたら素直に認めるつもりだったから」
耕治が何か言おうとしたが、潤はそれを制した。
「そうか。あずさ君と前田君は知ってたみたいだね」
裕介が、あずさから聞いた話と先ほどの耕治の様子から推測する。
「ええ、真純ちゃんが簡単に見破ってしまいまして」
「俺は、前々から怪しいとは思ってたんですけど、研修旅行のときに…ヤバ」
あずさにつられて口を滑らせた耕治。慌てて口を塞ぐが手遅れだった。
「そういえば研修旅行では、前田君と神楽坂君、同じ部屋だったわね」
涼子が思い出す。
「な〜にがあったのかな〜?」
葵が嬉しそうな顔で尋ねてくる。
「耕治ちゃん達、まさか……」
つかさはそこまで言いかけて、顔を赤らめる。
「あ、あの、たぶんみなさん、すっごい誤解されてると思うんですけど」
「ふ〜ん。だったら説明してもらいましょうか」
弁解を試みる耕治に、先ほどまで尋ねられる側だったあずさも尋ねる側に回った。
その夜、ピアキャロットのフロアは取調室と化した。
翌日、早番で出勤してきた哲弥は事務室に丼を見つけた。
ピアキャロットのメニューに丼ものはない。
哲弥が首をかしげていると、裕介がやってきた。
「おはようございます、店長」
「おはよう」
哲弥が挨拶をすると、裕介もそれを返す。
「ところで店長、この丼は?」
「ああ、夕べ、前田君がカツ丼を食べたんだ。いや、食べさせられたというべきか」
「……はあ」
裕介の答えに哲弥はますますわからなくなった。
その日、真純が本店への転属願を出した。
次回予告
留 美:留美、前から疑問に思ってたんですけど、このシリーズの話数の数え方、どうして『第1話、第2話…』なんだろ?
何か平凡だよね。ここは、留美が新しい数え方を考えちゃおう。
どんなのがいいかな? ピアキャロットらしいのがいいよね。
といっても『Menu1』とか『Order1』なんてのはもう使われてるし……。
『1杯目、2杯目……』何かラーメン屋みたいだね。
『1皿目、2皿目……』これじゃ、カレー屋だね。
『1本目、2本目……』焼き鳥屋じゃないんだから
う〜ん、なかなかいいのが浮かばないなあ。
次回、Muchos Encuentros 第9話『もえもえ』。
『もえ』って……ポッ。
『1着目、2着目……』洋服屋…っていうか、コスプレショップ?
メイドが1人、メイドが2人…………すぴ〜。
つかさ:留美さん、寝ちゃダメだよ〜、って、ボクの出番これだけ?
あとがき
こんにちは、戦隊シリーズの主題歌を聞きながら書いております、笛射駒です。
今回から少し書き方を変えました。
具体的に言えば、小説に近づけました。
前回までのものと比べてみるといいかもしれません。
3話続いた真純編も終了し、次回からは新展開。
留美、早苗メインでお送りする予定です。
で、留美の運命は? それも次回にて。
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