Original Works 『Kanon』
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Kanon Short Story
今日も洗濯物を干しながらどこまでも広がる青空を見上げる。
風に乗ってゆらりと揺れるシーツの海の中であたしは思う。
ああ、今とっても幸せなんだって・・・。
日向のにおい、風のにおい、どれも暖かく気持ちがいい。
眩しくて目がくらむほど、今のあたしは充実しているんだなぁって思う。
踵を返して部屋に戻ると仲良く二人の天使がすやすやと眠っていた。
「もう三歳かぁ・・・ふふっ、まさか双子なんてね」
寝ている娘の髪の毛を撫でたり、その軟らかいほっぺたを指でつついてみる。
「あ〜」
「う〜」
なんて寝言を言うけど、すぐに穏やかな寝顔になって静かになる。
「我ながら世界で一番可愛いと思っちゃうのはやっぱり親ばかかしら?」
そんなこと言いながら自分が微笑んでいるのがわかるからそうなのだろう。
変わった、そう間違いなくあたしは変わった。
恋して愛して結婚して妻になって子供を産んで母親になって・・・。
でもそれは良いことだと思う、だってこんなにも幸せで毎日が楽しいから。
もちろんその意味なら祐一が一番変わったと思う、特に夫と言うか父親らしいって言うか。
結婚していきなり一戸建て買ったけどあたしがお金はどうしたのって聞いたら、
「秋子さんに出世払いで借りた、利子は新作の謎ジャム味見で勘弁してもらった」
ちょっと引きつった笑いであはは〜って言ってたけどせっかくだから祐一の話に納得してあげた。
まあ就職先も秋子さんの紹介らしいけど、なんだかあたしにも教えてくれないのよね就職先。
「企業秘密だ」
なんて、秋子さんにそうとしか答えちゃいけないって言われているらしい、はぁ。
ともかくお陰さまで今はとっても良い環境でこの娘たちを育てられるんだけど・・・まって、訂正するわ。
かえって良くない事もいくつか有ったわね、例えば・・・この猫ね。
「うにゅ〜」
今日は朝からいきなり現れたかと思ったら、お菓子を持ち込んでソファーでごろごろしてたわ。
おまけにお昼ご飯も家で食べるし・・・まったくもうっこのドラ猫は。
「名雪、いい加減家に帰ったら?」
「う〜、祐一の顔を見るまでいやだよ〜」
「あなた朝から家にいるけど仕事はいいの?」
「うん、今日はおやすみだお〜って電話したから」
「だお〜じゃないでしょ、しょっちゅう休んでたら首になるわよ?」
「うん、そしたらあれだね・・・祐一のお嫁さんにしてもらうよ〜」
「・・・・・・」
寝言を言っているようだから目を覚ましてもらおうと、あたしは名雪の大好きな特製イチゴミルクを差し出す。
「これでも飲んでしゃっきりしなさい、寝言は家に帰ってから言ってね」
「う〜、寝言じゃないよ〜・・・でも、頂きま〜す♪」
ごくごくごく。
それを一気に半分ぐらいまで飲んだときに名雪は笑顔を固めたまま顔色が青く変わった。
震える手でコップをテーブルの上に置くと、口元を押さえて一目散に自分の家に向かって走り出した。
「ふ〜ん、結構効き目有るわねこの新作?」
あたしは手作りジャムの入った瓶を眺めながら軽くため息をついて名雪が残したコップをかたした。
かおりんの夢は止まらない♪ 第一話
Presented by じろ〜
「それじゃ秋子さんの言うこと聞いておとなしくしているのよ」
「はーい」
「は〜い」
「ん、いい返事ね」
夕方になったので買い物に出かけるために、当たり前のように秋子さんに二人の相手をお願いした。
「香里さん、二人の相手をしているからゆっくりお買い物してきても良いわよ」
「ありがとうございます、あのところで名雪は?」
「そう言えばさっき帰ってくるなりイチゴジャムの瓶抱えて二階に上がったきり下りてこないわね」
「う〜ん、やっぱりちょっとやりすぎちゃったかしら?」
「あら、もしかして新作かしら?」
「はい、ちょっと変わった材料が手に入ったから作ってみましたけど・・・」
「そうなの、じゃあ今度頂いても宜しいかしら?」
「はい、感想お願いします」
「了承」
そうなのよねぇ。
今ではすっかり秋子さんに気に入られてしまったあたしは、事も有ろうに謎ジャムの継承者になってしまった。
と言うより有無を言わさない秋子さんの迫力と言うか何と言うか・・・ふぅ。
でも案外作ってみるとこれが意外に楽しくってあたしもその気になって沢山作ってしまったけど、
みんな祐一が味見をしてくれたわ。
その所為なのかどうかは知らないけど家の娘二人も謎ジャムが食事に付いてないと泣くのよね。
そう言えば子供が出来る前から秋子さんの謎ジャムを毎日食べていたから案外遺伝してしまったのかしら?
まあこのジャムはいろいろ材料によって効果が違うのは祐一の体で実証済みだから良いんだけど、
失敗することがたま〜にあったわね、あれには困ったわ。
その・・・なんて言うか、あれよ・・・理性が無くなるとか、獣に変わっちゃとか・・・。
あ、違うわよ、犯罪者になるとか犬になるとかじゃなくて・・・あれよ、あれ。
そ、その・・・夜の夫婦生活って・・・あ・・・うっ・・・。
い、いいのよ、そんなことは関係ないのよ!
今はお買い物に行くのが重要事項なんだから説明は無しよ。
「香里さん、さっきから顔真っ赤にして何悶えているのかしら?」
「えっ?」
良く見回すとここは水瀬家の玄関で秋子さんと二人の娘があたしの顔をじ〜って見つめている。
「ママ、かおまっか〜」
「ママ、まっかか〜」
「いったい何を考えていたのかじっくり聞かせて欲しいわ」
「あ、あうっ」
ちょっと意地悪っぽい微笑みの秋子さんどころか娘二人にまで突っ込まれてあたしは狼狽えるしかできなかった。
「ふふっ、香里さんは幸せなんですね」
「え・・・あ、はい」
不意にいつもの笑顔に戻った秋子さんにつられて、あたしも微笑んで答えた。
夕方の商店街は同じように買い物に来たひとたちで溢れていた。
そんな中歩いていると、いつものようにあたしに声をかけてくるのはお店の主人たちだった。
「ようっ奥さん、今日は旦那と一緒じゃないのか?」
わざとらしく大きな声で威勢がいいのは八百屋さん。
「ええ、祐一はまだ仕事から帰ってきてないわ」
「浮気とかしてないか心配じゃないか?」
ニヤニヤしているのは肉屋のおじさん。
「全然、だって浮気するような甲斐性があったら今頃名雪たちに子供出来ているわよ」
「ちがいねぇなぁ〜おっと、ところで今日の買い物は?」
がははと笑いながら魚屋さんが大きな魚を裁きながら聞いていくる。
頬に手を当ててう〜んと考える仕草をすると、おじさんたちはしみじみと頷きながら同じ事を言う。
「ホント秋子さんと似てきたよなぁ〜」
「まったくだ、俺はてっきり秋子さんの後を継ぐのは名雪ちゃんかと思ってたぜ」
「香里ちゃんとは意外な盲点だったけど祐一君もやるもんだ」
「・・・みなさん、ここにあたしが作った新作が有るんだけど?」
なにやら言っているおじさんたちの前で持ってきた買い物袋を探っていると突然顔色が変わって態度が急変した。
「おうっ、今日は出血大サービスだ、どれでも好きなの持っていってくれ!」
「う、うちもこの神戸牛の霜降りをっ!」
「こ、このマグロの良いところ上げるから、いや遠慮しないでっ!」
おじさんたちは何かを察知したか、あたしの前に野菜や肉や魚を慌てて持ってきた。
「そう、それじゃ頂くわ・・・で、おいくらかしら?」
「た、タイムセールで300円でいいです」
「い、いったとおり出血大サービスで300円だぜ」
「か、香里ちゃんだから特別に300円でOKだ」
なんか涙目になってあたしに懇願するように言うから素直にお財布から1000円出して渡した。
「あ、お釣りはいいです、いつもこんなにサービスしてもらっているから・・・」
ニコって微笑んでからあたしはお店の前から立ち去っていった。
でも、ふと気になって後ろを振り返るとおじさんたちは両手を上げて万歳三唱してたわ。
そんなに嫌なのかしら、秋子さん直伝のジャムって・・・。
祐一なんかお代わりくれって言うぐらいぱくぱく食べてくれるのに残念だわ。
そうだ、今度お歳暮で置くって上げればいいわね、そうしましょう♪
「うぐ〜、どいて〜」
・・・・・・はぁ、どうしてあの娘は毎回同じ事しているのかしら?
人混みをかき分けて正面から見慣れたカチューシャを付けたあゆちゃんがたい焼きの袋を抱えて走ってきた。
ちなみになぜか背中の鞄の羽が大きくなっているけどそれはあえて無視することにした。
「うぐ〜・・・ってわわっ!?」
あら、勘がいいわね? あたしの前でぴたって止まっちゃったわ、残念。
せっかく新作のジャムをお腹一杯食べさせて上げようと思ったのになぁ。
「あ、か、香里さん、こんにちわ」
「で?」
「うぐぅ、なんか目が怖いよ香里さん」
「それで?」
「うぐぅ」
「それはもういいから・・・で、またやったの?」
「え、えへへ〜」
「あゆちゃん、あなた幾つになったの?」
「か、香里さんと同じ年だよ」
「ふ〜ん、解ってはいるのね・・・じゃあ行きましょう」
「どこへ?」
「決まっているでしょう、大人になって悪い事したら行く所はただ一つ、あそこよ」
と、指さす先には赤いランプが入り口に付いて制服着た男の人が立っている建物を教えるとあゆちゃんは
逃げようとしたけど、あたしはしっかりと襟首を掴んで離さなかった。
「さあ、一緒に付いていってあげるから素直に自首しましょうね♪」
「うぐ〜っ、い、今じゃなくていいよ、後で行くからっ」
「大丈夫よ、鉄枠の付いた部屋に泊まって麦ご飯食べられて、それに新聞に写真が載るから一躍有名人よ?」
「そ、そんなので有名になりたくないよう〜!!」
「いいじゃない、ひょっとしてファンクラブ出来ちゃうかもしれないし」
「うぐぅ、そんなのぜんぜん嬉しくないよう!」
とにかく一回こってりと絞られた方があゆちゃんの為になると思って、あたしはいやがるあゆちゃんを
交番に引きずっていこうとした。
「何やってんだ、香里、あゆあゆ」
「祐一?」
振り返ったあたしの前にスーツを着た祐一が片手をあげて笑っていた。
「うぐぅ、ボクあゆあゆじゃないもん!」
「よっ香里、それとあゆ、私って言えたらあゆって言ってやるよ」
「うぐぅ、いじわるだよ祐一くん!」
あはは〜って笑ってあゆちゃんをからかっている祐一に、事の顛末を聞かせると頷いた後あたしに告げた。
「あ〜それなら問題ないぞ、ちゃんとたい焼き屋の親父に話はつけてあるから」
「話って?」
「料金は先払いにしてあるんだ、しかも俺の小遣いから出しているぞ」
「あきれた・・・まあ祐一のお小遣いをどう使おうが自由だしそれに犯罪を未然に防いでいるから問題ないわね」
「そう言うことだ、まああゆに取っては一種の遊びなんだろう?」
「はいはい、納得しました、でもあゆちゃんには甘いのね?」
「なんて言うかほっとけない感じがするだろう、あいつってさ・・・」
「うん、それは解るけどね・・・」
「うぐぅ、祐一くん香里さん、それってどういう意味?」
あたしと祐一は高校時代からほとんど容姿が変わっていないあゆちゃんに向かってにんまりと笑う。
「まだまだあゆは子供なんだなぁ〜て思った」
「まだまだあゆちゃんて子供なのねって思っただけよ」
「うぐ〜っ、二人ともひどいよ! ボク子供じゃないもん!!」
「「どこが?」」
「うぐぅ」
その後大笑いしたあたしたちに涙目で抗議するあゆちゃんをなだめてから一緒に家まで帰ることにした。
あのね、あたしが母親になってから一層あゆちゃんが子供に見えちゃうのは内緒だからね?
手に入れた食材で豪華な夕飯を食べた後、娘たちを寝かしつけてリビングに戻ると風呂上がりで
リラックスしている祐一の横に当たり前のように座る。
「ごくろうさん、二人とも良い娘にしてたか?」
「うん、ちゃんと言うこと聞いておとなしく寝たわ」
「香里のしつけがしっかりしてるからなぁ・・・」
「そうね、誰かさんのお陰でいろいろ苦労してるからかしら?」
「あははは・・・は、仰る通りです香里さま」
「ばぁか」
おどけている祐一の頬にキスをして上げると、そのままあたしを抱きしめて激しいキスをお返しにしてくる。
「・・・ん、もうっいきなりなんだから」
「嫌だったか?」
「そんなこと無いけど・・・もうちょっとムードを大事にしてくれないかしら?」
「解った、ムードだな・・・それっ」
「きゃっ・・・」
立ち上がった祐一があたしの背中と膝の裏に腕を回して胸元に抱き上げる。
「それではお姫さま、寝室の方へお連れいたします」
「う、うん」
「素直な香里って可愛いな♪」
「ほらっ、一言多い・・・んんっ・・・」
祐一が素早く優しく触れるだけのキスであたしの口をふさいでしまう。
「愛してるよ、香里」
あたしを見つめて祐一は微笑みながらそう囁いてゆっくりと歩き出した。
その夜は豪華な夕食のせいか祐一がいつにも増して激しかったので、寝たのは空が白くなり始める一歩手前だった。
まあ、そんなのもたまにはいいかなぁ・・・って思う分けないでしょ!
また寝不足だわ、これじゃ今日はあの娘たちと一緒にお昼寝することになりそうね。
ううっ、祐一って増々精力的になるのはあたしの気のせいかしら?
気のせいであって欲しいわ・・・はぁ。
つづく。
どうも、じろ〜です。
遅くなりましたが三部作第三部「かおりんの夢は止まらない♪」です。
舞台は第二部から数年後の話です、ちなみに子供は双子の女の子って決めていました。
すっかりママになったかおりんですが、名雪たち相手に今日も香里節がさえます(笑)
しかし今回は年齢指定ぎりぎりまで迫ってみようと・・・ちょっとだけ思ったりしています。
アダルトに迫る名雪たちに香里ママは、そして祐一は浮気するのか?
テーマは「ラブストーリーからホームコメディに!」です・・・一応(^^;
それでは。