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The1000thSummerStory
『Re-Birth2』
神奈さまに乾杯
第零話 「あさ」
国崎往人は壁際に追いつめられ、逃げ場を失っていた。
「このどあほっ」
「むぅ」
この家の主、神尾晴子は朝から機嫌が悪かった。
「往人さま、不謹慎です」
「むむっ」
この家の晴子に次ぐ実力者、裏葉もすこぶる機嫌が悪かった。
「で、どうだった?」
この家の中で往人以外の男、柳也はお茶をすすりながら笑っていた。
「兄ちゃん!」
「柳也さま!」
神奈の転入初日の朝だと言うのに、往人はこの家の年長者たちに責められていた。
もっとも美女二名は真剣なのだが、男はニヤニヤしてからかっていた。
無論二人にとって大切な娘と言える美少女と二人で朝帰りしてきた往人は
どんないい訳も通用しないと思っていたため、返答できなかった。
「お、お母さん」
「裏葉、そう責めるでない」
「観鈴はだまっときっ」
「神奈さまも口出し無用です」
「にはは〜」
「むぅ、何じゃその言い方は……」
「まあ、心配半分やっかみ半分と言ったところだろ?」
「兄ちゃん!」
「柳也さま!」
「図星か……」
「ん?」
「どう言う意味じゃ、柳也?」
「自分たちの娘が他の男に取られた悔しさと手の中から離れてしまって寂しいって」
「お母さん……」
「裏葉……」
「ちゃ、ちゃうで観鈴、おかーちゃんな……」
「か、神奈さま、変な誤解はしない……」
「なっ、照れてる所なんて可愛いだろ?」
どかっ。
息の合ったコンビネーションで柳也を殴り倒す晴子と裏葉に、娘たちはちょっと引いてしまう。
「ぐはっ」
「はぁはぁ、このどあほっ!」
「はぁはぁ、一言余計です!」
「いててて、何も殴る事無かろうに……」
「「自業自得(や)です」」
「……いいのか?」
「なんや?」
「なにがですか?」
「往人のやつ、いないぞ?」
「「はっ!?」」
「往人さん?」
「往人のやつ、逃げたな……」
「ほらほらっ、神奈も観鈴もそろそろいかないと遅刻だぞ?」
「「あっ」」
ばたばたと部屋に戻ると鞄を取ってそのまま玄関で靴を履き、元気よく飛び出して行く。
「いってきま〜す」
「うむ、いってくるぞ」
「美鈴ちゃん、きぃつけてなぁ〜」
「観鈴さま、神奈さまの事お願いしますね」
「目一杯楽しんでこいよ」
三人の親たちに見送られて、二人は手を繋ぎ走っていく。
それは柳也と裏葉、晴子の待ち望んでいた時、一人ぼっちじゃない娘たちの風景。
遠ざかっていく後ろ姿をいつまでも見つめる三人は、これからも続く毎日を楽しくしようと
思っていた。
先ほど柳也に注意が向いた瞬間、素早く神尾家から脱出した往人は、防波堤の上に避難していた。
「ふぅ、まったくあの二人は……」
やれやれといった感じで寝転がりながら、青空を見上げる。
夏から秋に変わり始める空の色は、少し濃く感じられた。
「よし」
おもむろに起きあがった往人は、ポケットから相棒の人形を取り出すと、昨夜の続きを始める。
二人にばれた以上隠す必要もないので、人目もはばからず力を取り戻す事に集中する。
「む……」
「…………」
「むぅ……」
「…………」
「むむっ」
「…………」
「…………」
「何をしている、観鈴、神奈?」
「にはは〜」
「邪魔はしてないぞ」
「十分してた」
「往人さん、ひどい」
「余と人形、どっちが大切なのじゃ?」
「お、おいっ」
と、往人が慌てるとくすくすと笑いしだしてさっと離れて二人が振り向きながら、声を合わせる。
「「ぶぃ」」
「観鈴! 神奈!」
「じゃ〜ね〜往人さん」
「浮気はゆるさんぞ〜」
「そっちこそなぁ」
そこで立ち止まってまじめな顔になる二人。
「しないもん!」
「余は往人だけじゃ!」
「うっ」
「往人さん、顔赤い〜」
「ふむ、可愛いやつじゃな」
「さっさと行け〜!」
あははと笑いながら走っていく二人を見て、困ったような恥ずかしいような、そんな笑顔で往人は
微笑んでいた。
そして空を見上げると、肯いてからまた人形を目の間に集中する。
静かな心で意識を向ける往人は、自分の中に僅かながらの力を感じ始めていた。
つづく。