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 AIR Short Story






 神奈の大きな瞳から涙が溢れ出て、頬を伝わって静かに地面にこぼれ落ちた。

 「余の所為なのだな」

 「神奈……」

 「余の所為で往人は力を失ったんだな」






 The 1000th Summer Story



 Re−Birth



 Presented by じろ〜






 最終話「夏影」






 それは夏の終わりを感じさせる少し涼しい夜だった。

 神尾家の中でもみんな気持ちよく寝ていると思われていたが、彼女だけは違った。

 布団に入っているのだがその瞼は閉じてなく、表情も何かを期待している様にニコニコしていた。

 神奈が寝られない理由はこうである。

 「余もいくのか、その学校というものに?

 「はい、神奈さま」

 「手続きはしといたから、観鈴と一緒にいくんやで〜」

 「手続きって何をしたんだ晴子?」

 「それは言わぬが花や、居候」

 「まあいいか、でも制服とか教科書とかどうするんだ?」

 「ちっちっちっ、この晴子様に抜かりはあらへん」

 などと隣の部屋のふすまを開けると、そこには学生アイテム一式が揃っていた。

 「これが余の物なのか?」

 「はい、この裏葉も晴子さまとご一緒に選びました」

 「晴子、裏葉……」

 「あー、しめっぽいのはだめや、な?」

 「う、うむ、ありがとう晴子、裏葉」

 「はい、神奈さまの喜んだ顔が見られて裏葉嬉しゅうございます」

 みんなの思いに感極まって、神奈は泣きそうになった顔をごしごしと乱暴に袖で拭うと、

 にっこりと笑って胸を張った。

 「明日から美凪ちゃんと佳乃ちゃんも一緒だよ」

 「観鈴……いろいろと余に教えてくれ」

 「うん、にはは〜」

 寝る前に有った事が嬉しすぎて落ち着けず、現在に至るのである。

 「学校とはどんなところか……うむ、楽しみじゃ」

 そう言って窓の側に行くと、カーテンを少し開けて空に浮かんでいる月を見上げる。

 「ん?」

 いつまでもこうしていても仕方ないので無理にでも寝ようと思ったが、窓から離れる前に外を歩く往人を見た。

 「どこへ行くのじゃ往人?」

 なぜか凄く気になった神奈は、寝間着のまま部屋を抜け出すと往人の後を追っていった。

 神奈が出ていった後、起きあがる裏葉に柳也が声を掛ける。

 「裏葉」

 「起きていらしたんですか柳也さま?」

 「まあな、それで裏葉はどこへ行くんだ?」

 「無論、神奈さま後を……」

 「止めておけ」

 「なぜです?」

 「心配なの解るが、少し構いすぎだぞ」

 「それは解っております、ですが……」

 「それにな……邪魔するのは野暮ってもんだ」

 「あっ……はい」

 往人と神奈がどういう風になるのか、それは本人次第だと柳也は静かに諭した。

 「寂しいのは解るが見守るの努めだぞ」

 「そうですね、これが母親の気持ちなのでしょうか」

 「俺も少し寂しい気もするがな」

 「柳也さま……あっ」

 そんな裏葉の手を引いて抱き寄せると、柳也は耳元で囁く。

 「俺がいるからそんな顔するな」

 「はい……ってど、どこを触っているんですか!?」

 「いや、久しぶりにしっぽりといこうかと思ったんだが……」

 「か、神奈さまが帰ってき……あっ」

 「俺の感だが、多分帰ってこないな」

 「それはまさか……んくっ」

 「可愛いぞ裏葉」

 「も、もうっ、そのような事言って……はぁ」

 「いやか?」

 「……その言い方、卑怯です柳也さま」

 この夜の事が結果で神奈に突っ込まれるのだが、それはまだ先の話である。

 ただ、神奈は自分のことのように喜んで祝福したのは確かである。






 神奈が後を付いてきているとは気づかない往人は、防波堤の上に昇ると人形を取り出して

 そこに座っていつもの修行を繰り返す。

 微動だにせず、ひたすら人形にを動かす事に集中している往人を神奈は少し離れた所から見つめた。

 「何をしているかと思えば修行か……」

 期待外れだったのかつまらなそうに思ったのか帰ろうとした神奈だが、もう少し見てみる事にした。

 しかし、いくら待っても人形は動こうとしない。

 往人は何もしていないのかと思って、声を掛けようと一歩踏み出そうとした神奈は息を呑んだ。

 それは神奈が初めて見る、往人の真剣で苦悩の横顔だった。

 月明かりの中、流れる汗も拭わずただひたすらに精神を集中している姿から目が離せず、

 いつの間にか神奈の呼吸も往人に同調していた。

 だからかもしれなかった……往人の気持ちが少しだけ解ったのは。

 「ふぅ……」

 集中力が切れたのか、そのまま後ろに倒れると防波堤の上で月を見上げて呟く。

 「まだだめか……」

 「何がまだなのじゃ?」

 「神奈!?」

 「何がだめなのじゃ?」

 「どうしたんだこんな……」

 「余の問いに答えろ、まだだめとはどう言うことじゃ!」

 「お前が気にする事じゃない」

 「……じゃあ今何をしていた?」

 「月を見上げていただけだ」

 「余はさっきからずっと見ておった」

 「…………」

 「初めて会った時、往人は申したな『俺は人形使いだ』と」

 「ああっ、確かにそう言ったがそれが……」

 「なら、余に見せてくれ」

 「……それはできない」

 「なぜじゃ?」

 「見ていたんなら解るだろう」

 往人が月を見上げながら言った言葉に、神奈は俯いてしまう。

 暫く黙ったまま立っていた神奈に寝ろと言おうと思った往人は、顔を上げた神奈と視線が合った。

 神奈の大きな瞳から涙が溢れ出て、頬を伝わって静かに地面にこぼれ落ちた。

 「余の所為なのだな」

 「神奈……」

 「余の所為で往人は力を失ったんだな」

 「…………」

 「そうなんだな、往人?」

 揺るぎない神奈の問いつめる様な視線に、頭をかきながら往人はため息をつく。

 「その為に千年の月日を費やし、そしてそれが叶ったんだから後悔はしてないぞ」

 神奈の側に近づくと、涙を優しく拭いながら往人は優しく笑う。

 「だから神奈が笑っていないと俺のした事が無駄になってしまう」

 「……余に、それほどの価値があるのか?」

 「ああっ」

 「どこに、有るのじゃ……」

 「全部だ」

 「……うっく、往人……ひっく……」

 「だから泣くなって」

 「すん……泣かせているのは、往人だ、なんとかせい」

 「俺の所為か?」

 「そうじゃ」

 「むうっ、じゃあなんかしないとな」

 「そうじゃ」

 「神奈……」

 往人の手が神奈の顎を持ち上げ、目を閉じて少し震えている小さい唇に自分の唇を重ねた。

 強ばっていた神奈の体から力がすーっと抜けて、そのまま往人にもたれ掛かった。

 「これでいいかな?」

 「き、きくな……ばか」

 言いながらも往人の体にしがみつく神奈は頬を赤く染めて俯いく。

 往人も神奈の体を抱きしめると、空いている手でその長い黒髪を何回も優しく撫でてあげた。






 防波堤の上で二人は寄り添って座りながら話す。

 「さすがは千年も泣いてただけあって、泣き虫だな」

 「う、うるさい」

 「どうせ泣くなら嬉しくて泣いた方がいいぞ」

 「……そうじゃな」

 「それから一つ言って置くが、今やっている事は今までとは理由が違うんだ」

 「それは?」

 「つまり以前は神奈の為だけ、でも今は自分自身の為にだ」

 「自分の?」

 「そうだ、千年の思いと願いは叶ったんだから、今度は俺自身がただの人形使いとしてやっていきたい」

 「うん」

 「その為の修行だからな、これは俺の問題であって神奈が泣く事は無いんだぞ」

 「それは解った、でもなぜ隠していたんだ?」

 「さっきの様にお前が勘違いして泣くかと思ったからな、まあ泣かせてしまったから無駄になったけど」

 「そ、それはもうよい、それに……」

 「それに?」

 「何とか……して貰ったから……」

 さっきのキスを思い出したのか、顔を真っ赤にして俯く神奈の頭を優しく叩く。

 「往人」

 「ん?」

 「余は……神奈備命は、国崎往人が……愛しいと思うぞ」

 まだ少しだけ赤い顔を上げ往人を見つめながら、神奈は自分の思いを告げる。

 「ああ、俺もだ」

 「そ、そうか、でも観鈴は……」

 「良いんだ、そうだろう観鈴?」

 往人が大きな声で名前を呼んで振り向くと、そこには微笑んだ観鈴が立っていた。

 「にはは〜」

 「観鈴!?」

 ゆっくりと歩いてくると、往人を挟む様に座ると神奈に向かってぶいっといつものやつをやる。

 「い、いいのか余も一緒で?」

 「うん、だって神奈ちゃんはわたしだもん」

 「そう言うことだ、嫌か?」

 「往人、観鈴……」

 「ねっ、神奈ちゃん」

 手を取り合って指を絡める二人を見て、大きくため息をついた往人は二人の肩を抱き寄せる。

 「まあいろいろあるかと思うが、一人じゃないからな……」

 「うん」

 「ああ、皆が一緒だ」

 月を見上げながら思いを感じ合う三人は、今とても満ち足りた気分でいた。

 幸せの形は人それぞれだと……目の前の三人を見て誰もがそう思う程、暖かい空気が存在していた。

 「そろそろ俺は修行に戻りたいんだがな」

 「むっ、なんじゃ往人、こうしているのが嫌なのか?」

 「が、がお……観鈴ちん悲しいなぁ〜」

 「くっ、二人で息合わせやがって……」

 「余は観鈴で」

 「わたしは神奈ちゃんだもん」

 「ぐぅ」

 結局、その日は三人とも朝日を一緒に見る事になってしまった。

 その事で晴子と裏葉から獣と白い目で見られた往人はちょっぴり悲しかった。

 でも、観鈴と神奈が笑っていたからそれはそれでいいと思った往人である。








 それから……。






 「裏葉、そのお腹はどうしたのじゃ?」

 「こ、これは……」

 「お前の妹か弟かどっちかだな」

 「柳也さま!!」

 「うちも観鈴に妹か弟作ろか?」

 「晴子さま、柳也さまはだめですよ」

 「ねーちゃん堅いなー、ちょっとぐらいええやないか」

 「よくありません!!」

 「余はかまわんぞ」

 「か、神奈さま……」

 「が、がお……」












 「いこう、神奈ちゃん」

 「うむ、観鈴」






 手を取り合って歩き出す二人の少女の背中には、幸せという羽が軽やかに羽ばたいていた。







 完



 終わりました。

 長い間最後までおつき合いありがとうございました。

 これからも往人たちにはいろんな事が起こるかもしれません。

 でも、一人じゃない……家族と恋人と言うかけがえのない者がそこにいます。

 今度泣くことがあるとすれば、それは嬉し泣きであって欲しいです。

 ここまで読んでくれた皆様に、感謝の気持ちで一杯です。

 それでは、また。
 

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