人の数は出会いの数
出会いの数はドラマの数
キミに会えてホントによかった
新年最初の新人登場
何だか耕治といい雰囲気?
そこにあるのは素敵なひととき
ハートフルファミリーレストラン
Piaキャロットへようこそ!!
Piaキャロットへようこそ!!2SS
written by FUE Ikoma
Muchos Encuentros
第1話『よろしくっ』
Guest:SAKAMAKI Tetsuya
ザッザッザッ……
ザッザッザッ……
少年は、ファミリーレストラン、ピアキャロット2号店の外掃除をしていた。服装から、そこの従業員だということがわかる。
路上をしばらくはき続けると、ほうきの向きを変えて持ち替え、再びはき始める。こうすると、ほうきが曲がりにくく長持ちするのである。
「ふぅ、暑ぃ」
少年はつぶやくと掃除の手を止めて、額につけていた、トレードマークでもある赤いバンダナを外して汗をぬぐった。真冬の1月、日が暮れているというのにかなり汗を掻いている。
何気なく店内を見ると、ウェイトレスをしている1人の少女と目が合った。
髪はショートカット。顔つきは明らかに少年よりも年下で、まだ子供としてのあどけなさを充分に残している。
その少女が微笑みながら小さく手を振り、何か話しかけてきた。店内、しかも業務中なのでお客や他の従業員の迷惑にならないよう、口パク同然であることは少年にもわかっている。
読みやすいように大きく唇を動かしてくれるし何度もやっていることなので、読唇術の心得がない少年でも何を言っているのかは理解できた。
『耕治さん、がんばってくださいね』
耕治と呼ばれた少年も微笑を返しつつ、やはりささやき声でそれに応える。
『ありがと、美奈ちゃんもね』
その応えに、美奈と呼ばれた少女は軽く頬を赤に染めると仕事に戻っていった。
一方の耕治も再び掃除を始めようと振り向いたときだった。
「ふぎゃっ」
ほうきを持つ両手に何やら鈍い感触があり、すぐ脇から悲鳴のような声がした。
耕治が視線を移すと、1人の少年が腹を抑えながら尻餅をついていた。
「うぅ〜っ」
その少年はうめき声を上げつつ、恨めしげな視線で耕治を見上げていた。
(えぇ〜っと……)
耕治は状況を整理してみることにした。
耕治は振り返る際、ほうきを寝かせて持っていた。両手に感じた鈍い感触。自分を見上げる少年。
「もしかして、ほうきがお腹に?」
こくこく
状況から導き出された耕治の推論に、少年は2度頷いてみせた。
「わぁぁぁ、す、すいません」
耕治は慌てて少年に謝った。
「あ、大丈夫ですよ」
少年は立ちあがると服をパンパンとはたいた。
耕治はその少年をちょっと観察してみた。
身長は自分よりも頭一つ分は低い。顔つきからしても自分よりは年下のようだった。
「おれでよかったですね」
不意に少年はこんな風に付け加えた。
「え? それってどういう―――」
耕治は言葉の意味ががわからず尋ねようとしたのだが、言い終えるまもなく少年はピアキャロットへと入っていった。
それからも何となく気になってしまい、掃除を再開しようと思いながらも手はしばらく止まっていた。
そのとき、不意に女性の声に呼びとめられた。
「サボってちゃだめだぞ、勤労少年」
声のした方に目を向けると、長い髪をした、耕治と同年代の少女が微笑を浮かべて立っていた。鼻の上にあるそばかすが、かえって彼女の魅力を引き立たせているようにも見える。
「別にサボってたわけじゃないさ。ミキ、キャロットへ食事に来たのか?」
「うん。ちょっと詰まっちゃって、気分転換に外出がてらね」
ミキと呼ばれた少女は耕治の問いに答えると、持っていた袋から魔法瓶を取り出した。
「何だそれ?」
耕治が再びミキに尋ねる。
「差し入れ。篠原美樹子特製のポタージュスープよ」
ミキ、もとい美樹子は答えながら魔法瓶の蓋をカップにしてスープを注いで耕治に差し出した。
「どうぞ。もう休憩の時間帯でしょ?」
美樹子に言われて耕治が懐中時計を取り出すと、確かに時計の針は午後6時を指していた。彼女の言う通り、休憩時間である。
「あ、ちょっと待ってくれ。集めたごみを取るから」
耕治はごみの小さな山をちりとりに収めてからカップを受け取った。
「じゃ、遠慮なく」
空腹を感じていたこともあってスープを軽く飲み干した。音を立てずに飲める程よい熱さのため、一気に飲むことができる。
「うん、美味いよ。キャロットのとはまた違った美味さかな」
「ありがと。漫画描いてるだけじゃないからね」
美樹子は耕治の感想に気をよくしたのか、空になったカップに再びスープを注ぐ。耕治は2杯目、さらには3杯目を飲んでから、カップを美樹子に返した。
「ごちそうさま、本当に美味かったよ」
「キャロットを辞めて正式に私のアシスタントになれば、いつでも作ってあげるけど」
耕治の笑顔に内心ドキッとしながらも、美樹子はいたずらっぽい目で言う。
「い、いや、それは、その……」
耕治は返答に詰まってしまった。
「私はいつでも受けつけてるからね〜♪」
美樹子そう言い残すと軽く手を振りながらピアキャロットに入っていった。
耕治がまた何気なく店内を見ると、先ほど耕治に手を振っていた美奈とは別の、背中まで伸ばした長い髪を細長いリボンで止めたウェイトレスの少女がこちらを睨んでいた。
美奈にどことなく似ているが、こちらはそれに加えて大人の女性としての魅力も少々備わっている。
(うっ、日野森、怖い)
ガラス越しだが、彼女が発する威圧感はひしひしと伝わってきた。
「いらっしゃいませ、お1人様ですか。お席のほうにご案内します」
耕治を窓越しに睨んでいたウェイトレスが今度は笑顔で美樹子を出迎えた。
「こんばんは、あずさちゃん」
常連客でもある美樹子は少女を名前で呼んだ。
「こんばんは」
日野森あずさは笑顔のまま応えると、美樹子を空いているテーブルに案内した。しかし、美樹子がテーブルの前に座ると少し厳しい顔つきをして声をかけた。
「お客様、従業員への個人的な差入れはご遠慮いただきたいのですが」
先ほどの耕治へのにスープの差し入れである。
「堅いこと言いっこなし。それと、やきもちならマニュアル通りに注意してくれなくたっていいんだけど」
「そ、そんなんじゃ…私はただ……」
意地悪そうな顔で言う美樹子に、マニュアルの対応が崩れてしまう。さらに言葉を続けようとするあずさの機先を制して美樹子が口を開いた。
「あ、マカロニグラタンにライスと野菜スープのセット。ドリンクはホットコーヒーでお願い。コーヒーは最後に持ってきて」
あらかじめ何を食べるか決めてあったのか、美樹子はメニューもろくに見ないですぐに注文する。
「あ、あと青汁もお願い」
「ありませんっ!」
美樹子の冗談に、今までのストレスもあったのか、ついあずさは大声を上げてしまった。
「冗談だって。ほら、みんな見てるじゃない。笑顔笑顔」
「ど、どうも失礼いたしました」
あずさは赤面しながらも何とか笑顔を作り、オーダーを復唱して確認を取るとテーブルを離れた。
「ふっ、これで15戦15勝ね」
美樹子はあずさの背中を見ながら呟いた。
一方のあずさは悔しさ極まりないといった心境だった。
(まったく、美樹子さんてば、差し入れまで持ってくるなんて。前田君も前田君よ。従業員が店の前でイチャイチャして、不謹慎だわ)
あずさは耕治と美樹子の様子を一部始終見ていたのである。声こそ聞こえなかったものの、楽しそうな雰囲気は伝わってきた。
それでも内心のやきもきを押さえながら笑顔で対応したのだが、今ので完全に打ち負かされてますますイライラが募った。
ピアキャロットで働く女性達にとって、事あるごとに耕治にピアキャロットをやめて漫画家である自分のアシスタントになるよう言ってくる美樹子は要注意人物としてランクアップされている。
さらにあずさにとっては、自分と耕治が『前田君』『日野森』とお互い苗字で呼び合う関係なのに対し、自分と同学年の美樹子と耕治は『耕治』『ミキ』と親しげに呼び合っているのも鼻持ちならないことだった。
そして、先ほどの美樹子の呟きにもあったように、いつもやりこめられているのである。
「あずさお姉ちゃん、お店で大声出しちゃだめだよ」
「あ、うん、ごめんね、ミーナ」
美奈の注意に、あずさは我に返ると美奈の頭に軽く手を置いて応えた。
あずさは妹である美奈のことをミーナと呼んでいる。
(そうよ、美樹子さんなんかに負けるもんですか。あずさ、ファイト!)
あずさは嫌なことを振り払おうと大きく深呼吸をひとつすると、オーダーを伝えるために厨房に足を向けた。これを終えれば、彼女も休憩時間である。
「あら、前田君、お疲れ様」
耕治が従業員専用の入り口を経由して事務室に入ってくると、机に向かっていた女性が彼を出迎えた。
ひざまで届きそうな長くウェーブがかった髪を首の辺りでひとつにまとめている。眼鏡越しのその瞳は、いかにも優しさを感じさせてくれる。
しかし耕治はその女性の横にいた少年のほうに意識が行っていた。先ほど店の前で会った少年である。
「あの、涼子さん、そちらは?」
耕治は涼子への挨拶も忘れて質問した。
「あ、紹介するわ。坂巻哲弥君。今度、ここでアルバイトすることになったの」
「初めまして、坂巻哲弥です。さっきはどうも」
涼子が少年、哲弥を紹介すると、哲弥は耕治に挨拶をした。
「い、いや、俺は前田耕治です。よろしく」
見せている表情からすると、先ほどのことは気にしていないようである。
「さっきって?」
「お店に入る前に、ちょっと会ったんですよ」
涼子の問いに、耕治が答える前に哲弥が答えた。
「そうそう、坂巻君、明日から寮に入るの。葵がね、早速歓迎会を開こうって。それで」
「そうですか。俺も参加しますよ」
涼子の言いたいことがわかったのか、耕治は早くも参加を表明した。
「ありがとう。あ、店長、お疲れ様です」
涼子は耕治にお礼を言ったところでフロアのほうから入ってきた男性に気がつき声をかけた。
男性は店長と呼ばれたが若い。どう見ても20代前半である。整った顔立ちに紳士的な雰囲気を醸し出している。
「どうも。おや? 君が双葉君が話していた、新しく入る子かい?」
店長は双葉涼子に言葉を返すと哲弥に声をかけた。
「はい。坂巻哲弥です。一生懸命働きますのでよろしくお願いします」
「私はここの店長、木ノ下祐介だ。期待しているよ。がんばってくれ」
哲央の自己紹介に、店長、祐介は優しい表情で応えた。
「あれ? 店長さん、坂巻に会うの初めてなんですか?」
「ああ。面接その他、全部双葉君に任せていたからね。君のときもそうだっただろ」
「そういえばそうでしたね」
耕治の質問に祐介はきまりが悪そうに答える。そこへ涼子が口を挟んできた。
「でも、現場で働いてる方が向いてるからって、本来店長がやるべき業務まで私に任せるんですものね」
「それだけ双葉君が、マネージャーとして優秀だっていうことだよ」
「ありがとうございます。あ、前田君、休憩が終わったら、掃除はもういいから神楽坂君と倉庫整理をやってもらいたいんだけど、いいかしら?」
「え? 倉庫整理ですか?」
倉庫整理という言葉に耕治は少し顔をしかめた。
「お願いね」
「アハハ、任せてください」
耕治は左手で胸をたたきながら応えた。
倉庫整理は力仕事のため、男性にしか任せられない。
もっとも祐介が倉庫整理をやることはあまりない。その理由は――――。
「え、新しい男の子が来るの?」
休憩が終わった後、耕治は2人で倉庫整理をしながら雑談を交わしていた。休憩のときに会った哲弥のことも話していた。
耕治の相手をしているのは、彼と同年代の少年である。華奢な体つきで肌も白い。先ほど涼子が口に出していた、神楽坂潤である。
「ああ、男手が増えるってことは、これで倉庫整理も楽になるな」
耕治が言うと、潤は膨れっ面になった。
「ん? どうしたんだ神楽坂、そんな怖そうな顔して?」
潤の表情を見た耕治が尋ねる。
「だって…今まで2人だけで十分やってこられたのに。今更男手なんて必要ないじゃない」
「倉庫整理は重労働なんだから、手伝ってくれる人は多いに越したことはないだろ」
「だって……」
「店長さんにも手伝ってもらえばいいのに、神楽坂が、2人で大丈夫だから、なんて言って強引に店長さんを締め出しちまうんだもんな。ま、それにおとなしく従っちゃうあの人もあの人だけど」
「だって……」
潤はうつむいてしまい、続けたかった言葉は口には出せなかった。
「まあ、俺としても神楽坂がここでは肩肘張らずにいられる、ていうのはよかったけど、やっぱり少しでも楽になったほうがいい」
「うん。わかったよ」
潤は観念したのか頷いた。耕治はさらに言葉を続ける。
「そんな顔するなよ。別に倉庫整理のときだけじゃないだろ」
その言葉に、潤の表情がぱっと明るくなった。
「それって、またどっかに連れてってくれるってこと?」
「え? ま、まあいいけど」
「へへっ、約束だよ♪」
潤の倉庫整理をする足取りが軽くなった。
(ま、いっか)
耕治は潤のご機嫌な様子を見るとそう思えるのだった。
「えー、それではただいまより、坂巻哲弥君の歓迎会を始めたいと思います。せんえつながら、司会進行役はこのワタクシ、皆瀬葵が務めさせていただきます」
20歳ほどでショートカットの、暖房が効いているとはいえ真冬の中これ見よがしなスタイルを強調した服装の女性が、手に持っていた缶ビールをマイクに見立てて開会を宣言した。
「葵ちゃん、ごーごー!」
涼子が手を叩きながら葵にならう。
「葵さんも涼子さんも、もう出来上がってるね」
犬の着ぐるみを着た少女、つかさが耕治にひそひそ声で話しかけてきた。
「ああ、始まる前から飲んでたみたいだしね」
耕治もひそひそ声で返す。
「はぁ、何で私はここにいるんだろ?」
耕治の隣に座っていたあずさがため息をついた。
宴会に参加しているメンバーは、本日の主役である坂巻哲弥。他には、双葉涼子、皆瀬葵、榎本つかさ、そして前田耕治といった、寮に住んでいる面々の5人と、日野森あずさの計6人である。
あずさは寮に住んではいないが、閉店後の帰り際に葵に捕まってしまったのである。
妹の美奈は休みだったため、難(?)を逃れていた。
「俺達のときみたいだな」
「そうね」
室内をぐるっと見回した耕治があずさにひそひそ声で話しかけた。
半年ほど前、耕治とあずさも葵と涼子によって歓迎会を開かれたのである。
本日の会場は哲弥の部屋だが、耕治とあずさの時と同じように、部屋は飾り付けがされ、『新人さんいらっしゃい』と書かれた垂れ幕まである。
哲弥も『うぇるかむ』と書かれたたすきを着けさせられている。
耕治が哲弥の方に目をやると、哲弥はまんざらでもないという表情を浮かべている。
「じゃあ、まずは乾杯といきましょうか」
葵の言葉に、一同飲み物を手に持った。葵と涼子はビールだが、他の4人は未成年のためウーロン茶かジュースである。
「それでは、今年最初の新人クンを歓迎して、かんぱーい♪」
「「「「「かんぱーい♪」」」」」
葵の音頭により乾杯し、それぞれの飲み物を一気に飲み干した。
「じゃあ、哲弥クンの自己紹介に行きましょうか」
「わー、いっていってー♪」
「ボクも聞きたーい♪」
葵、涼子、つかさの3人にすっかり仕切られている。哲弥は苦笑いを浮かべると自己紹介を始めた。
「ええと、坂巻哲弥、現在高校1年生です」
「ってことは、ボクや潤ちゃんより1コ下で、美奈ちゃんと同じだね」
横からつかさが口を挟んだ。哲弥は頷くと自己紹介を続けた。
「しばらくの間、ピアキャロットでアルバイトすることになりました。どれくらいの期間になるかわかりませんが、みなさんと楽しく働けたらと思ってます。これからよろしくお願いします」
哲弥は無難に自己紹介を済ませたのだが――――。
「彼女はぁ、もちろんいるんでしょう?」
「わぁ、恋人いるんだぁ。いいなぁ」
涼子が突っ込み、つかさがはやし立てる。つかさの手にも、いつの間にか缶ビールが握られていた。
「やっぱりきたか」
「前田君のときは、いるって見栄張ったのよね」
耕治のつぶやきにあずさが突っ込んだ。
「か、彼女ですかぁ? それは………」
「あらぁ、その反応。やっぱりいるんだぁ♪」
「ねぇ、どんな人なのぉ?」
質問に口篭もる哲弥を見て、葵と涼子がさらに突っ込む。
「えと……あの…その………」
「あははー、この人でしょぉ♪」
「あっ、それは…」
哲弥が答えに詰まっていると、つかさがどこからか写真立てに入れられた写真を持ってきた。
「つかさちゃん、その写真、どこから持ってきたの?」
「え? あそこのリュックの中からだけどぉ」
あずさが尋ねると、つかさは部屋の隅に置いてあった、一抱えほどもある大きなリュックサックを指差した。哲弥の荷物だろう。
「だ、だめじゃないか。人の荷物勝手にあさっちゃ」
「だって、口が開いてたからぁ。それに、一番上に置いてあったのを持って来ただけだよぉ♪」
耕治がとがめたが、つかさはビールを飲んで酔ってるせいもあるのだろう、全く悪びれた様子がない。
「ああ、完全に酔っ払っちゃってるよ。ごめんな、坂巻」
「あ、別に気にしてませんよ。特に中身を調べられたわけでもないみたいですから」
耕治がつかさに代わって謝ったが、哲弥は写真を取っただけと聞いて安心したのかすんなり許してくれた。
「まぁまぁ、そんなことよりぃ、つかさちゃん、アタシにも写真見せてぇ♪」
「私にもぉ♪」
「はぁい」
葵と涼子が割り込んできた。つかさは2人に写真を渡す。
「へぇ、なかなか可愛い女の子じゃない。あずさちゃんといい勝負かしら」
「ホントねぇ、可愛いわぁ」
「な、何言ってるんですか、2人とも!」
葵と涼子の言葉にあずさが赤面して反論する。
2人の言う通り、写真に写っているのは、ふんわりとした笑顔を浮かべた、可愛いという言葉がしっくりくる女性だった。
「どれどれ?」
耕治も2人の後ろからのぞきこんだ。
「へぇ、ホントだ。可愛い人だなぁ」
葵と涼子が写真から目を離したあとも、耕治は写真を受け取ってしばらく眺めていたのだが………
「むぅぅぅ…」
ぎゅぅぅぅぅ
「痛だだだだ…」
つかさに思いきり脇腹をつねられた。
「耕治ちゃん、何デレデレしてるの!」
「ほんと、節操ないんだから」
あずさもきつい一言を浴びせる。
「日野森、どういう意味だよ? あのね、つかさちゃん、別にそういうわけじゃ……」
「じゃあどういうわけなのぉ?」
「そ、それはさぁ……」
つねった手を離さないまま、つかさは耕治を問い詰めている。
そんな3人をよそに、葵と涼子は哲弥から写真の女性について詳しい話を聞こうとしていた。
「それでぇ、どんな人なのぉ? お姉さんにも教えてよぉ♪」
「………………1番信じられる人です」
「きゃー、坂巻君、ラブラブねぇ♪」
葵の問いに赤面しつつ答える哲弥を涼子がはやし立てる。
「おれにとっては、彼女ほどの女性は2人といないんじゃないかって思える人です」
哲弥のその言葉に、葵の眉が揺れた。
「ちょっとぉ、それってアタシが魅力ないってことぉ?」
息を吹きかけ、体を持たれかけさせて哲弥に絡みだす。本来ならその誘惑にとろんとなるところなのだろうが、酒くさいのが嫌なのか、哲弥は逃げようと体をずらす。
「い、いや、そんなつもりじゃなかったんですけど」
「ぐす。アタシだってねぇ〜」
「そ〜よぉ、私たちの魅力を教えてあげましょう〜♪」
葵はさらに哲弥に絡み、涼子は自分の服に手をかけた。
「ああっ、葵さんも涼子さんも落ち着いてください」
「耕治ちゃん、まだ話は終わってないよぉ」
「ぐっ」
2人を止めに入ろうとした耕治につかさがタックルを仕掛け、耕治は床にしたたか顔をぶつけた。
「ほらほらぁ、耕治クンも飲みなさいよぉ♪」
それでも葵の注意は耕治に向いたのか、耕治にビールを勧めてきた。葵から解放された哲弥は、これ幸いとばかりに退避した。
あずさもいつの間にか部屋の隅に避難していた。荷物に手をかけ、いつでも逃げ出せる姿勢をとっている。
…………それからの記憶は耕治にはない。
哲弥がピアキャロットで働き始めてから3日が過ぎた。仕事もソツなくこなし、祐介や涼子からの評価も上々である。
本日は倉庫整理だった。潤が休みのため、耕治、祐介、哲弥の3人でやったのだが、あっという間に片付いてしまった。現在祐介はフロアに出ており、耕治と哲弥は事務所で早めの休憩をとっていた。他に事務所には誰もいない。
「へぇ、じゃあ耕治さんは、夏休みからキャロットでバイトを始めたんですね」
「ああ、友達の紹介でね」
耕治は哲弥と雑談を交わしていたのだが、いつしか話題は耕治がキャロットでバイトを始めたときのことに移っていた。
「それで、受験生ってこともあったし夏休みだけだったんだけどな」
「でも今またここでバイトしてるってことは、受験の方はどうなったんですか?」
「地元の大学に推薦で合格できて、11月からまたバイトを続けてるんだ。そういえば、日野森もそうだったな。あいつとは、始めた日も一旦止めた日も同じだった。日野森が再開したのはつい最近だけどな」
「日野森って、あずささんの方ですよね?」
「ああ。今思うと、日野森はどうだったか知らないけど、俺が推薦受けることにしたのも、キャロットを意識してのことだったのかもしれない。今まで経験したことのなかったもの、こみ上げてくるものを感じてさ、もう一度やりたいって思った。だから、合格通知が届くと真っ先にキャロットに電話してた」
「こみ上げてくるもの、ですか?」
「ああ。俺、部活とか生徒会とか、そういうのにも無関心だったし、クラスの行事にも消極的だった。何ていうか、面倒くさかったのかな。そういうのに熱心な奴らをせせら笑ってる面もあった。よくやるよな、ってさ。キャロットでのバイトも軽い気持ちだった」
「…………………」
「でも、いざバイトを始めて、そこでのみんなと、同じ喜び、同じ苦労を体験したとき、あいつらもこんな気持ちでやってたのかなぁって思って、自分が恥ずかしくなった」
「………耕治さん」
「ん?」
「人には誰にでも自分の能力・魅力を最大限に発揮できる機会・場所があるとしたら、耕治さんにとっては、それがピアキャロットだったのかもしれませんね」
「な、何だよ急に」
「まだほんの数日しか見ていませんが、ピアキャロットで働いてる耕治さん、輝いてますよ」
会話の主導権は、耕治から哲弥に移ったようだ。
「や、やめろよ、気持ち悪い」
「でも、本当にそう見えますよ」
(そして…………………だから……………)
「耕治さん、高校卒業したらピアキャロットに就職しようとか考えなかったんですか?」
「うーん、ちょっとは考えたけどさ、やっぱり大学行っておこうと思ったんだ。確かにキャロットで大切なことは学んだけど、ずっとここでやっていくべきかっていう結論は出せなくてさ」
「そうなんですか?」
「元々キャロットでバイト始める前は大学に進むつもりだったし、親からも耳にたこができるくらい進学しろって言われたしな。大学で勉強して、あせらず将来の道をみつけるさ」
「キャロットに就職しなかったとしても、ここでの経験は無駄にはならないってことですか?」
「ま、そういうことだな。ところで、坂巻にはあるのか?」
今度は耕治が尋ねる側に回った。
「何がですか?」
「さっき言ってた、自分の能力や魅力を目いっぱい発揮できる機会とか場所ってやつさ」
「……はい、あると思います」
「へぇ、それって何だよ?」
「そのうち教えますよ」
(うーん、よくわからん奴だ)
耕治が考えていると、ドアが開いて優しそうな雰囲気の大柄な、20歳ほどの女性が入ってきた。厨房担当なのかエプロンを着けており、ウェイトレスの制服は着ていない。
「あ、耕治さんに哲弥君、お2人も休憩中だったんですね」
「あ、え〜っと……」
哲弥は女性の名前を呼ぼうとしたのだが、出てこなかった。
「くすくす。縁です。縁早苗です」
「あ、すいません、早苗さん」
「いいえ、まだ哲弥君は厨房の仕事もしてないから、ほとんど面識がありませんもの」
早苗の方から優しくフォローを入れてくれた。
「早苗さんは、確かお皿洗いの担当でしたよね?」
「はい。あ、それより、お2人で何を話されてたんですか?」
男同士の会話に興味でも沸いたのか、早苗はそんなことを尋ねてきた。
「あ、それはですね、耕治さんが――――」
「お、おい坂巻!」
話そうとする哲弥を耕治が制した。さっきまでの会話の内容は、いざ思い出してみるとかなり恥ずかしいことを話していたように思えたのだ。
「くずくす、お2人とも仲がいいんですね」
「や、やだなぁ早苗さん。あ、坂巻、仕事に戻るぞ。倉庫整理が早く終わったからフロアの方を手伝うよう言われてたからな。それじゃ、失礼します」
耕治は椅子から立ちあがると、フロアに通じるドアをくぐって出ていった。哲弥も早苗に会釈をするとその後を追う。と、事務所を出たところで2人は涼子とすれ違った。
「あ、涼子さん、今からフロアの方、入ります」
「ええ、お願いね」
涼子は2人の背中を見送ると、ため息を1つついた。彼女はさっきからドアの前にいたのだが、何となく入りづらく、2人の会話を立ち聞きしていたのである。
(…………まさかね、そんなことあるわけないか)
涼子の脳裏に1つの疑惑が浮かんだが、すぐに打ち消した。彼女にとっては非現実的なことだったから。
その頃フロアでは、涼しい顔で水を飲んでいる美樹子と、肩を落として休憩のために事務所に向かうあずさの姿があった。
(これで16戦16勝ね)
また美樹子があずさから1本取ったようだ。
「日野森、何かミスったのか?」
そこへ、ちょうど事務所から出てきた耕治があずさに声をかけてきた。
「あ、前田君? い、いや、何でもないのよ、ほほほほほ」
あずさは冷静に振舞おうと、左手を口の前に持ってくると妙な笑い方をした。
「そうか?――――」
「耕治、注文お願い」
あずさの様子をいぶかしんだ耕治がなおも質問しようとしたところで美樹子が呼んできた。
「あ、ミキ。じゃ、日野森、俺行くから」
「え、あ、ちょっと――――」
あずさが呼びとめようとしたが、耕治は既に美樹子のいる席に行っていた。
(くぅ〜〜っ、せっかく前田君が気にかけてくれたのにぃっ!)
あずさは美樹子に邪魔されたということで悔しさ倍増だった。
さらに耕治の方を見ていると、美樹子と話していた。
端から見れば、メニューについて質問する客と説明するウェイターといった構図である。
しかし、常連客としてメニューをとっくに制覇、新メニューもいち早くクリアしている美樹子が今更説明を受ける必要などない。
あずさから、いや、ピアキャロットの従業員から見れば、美樹子は耕治と楽しげにお喋りに興じているようにしか見えないのである。
(何長々と話してるのよっ、あの2人はっ!!)
あずさは悔しさここに極まれり、といった表情で耕治と美樹子を見ていた。
両手に握られたトレイがうめき声を上げている。
「はははは」
そんなあずさの後ろから笑い声がした。哲弥である。
ギロッ
哲弥の方に向き直ったあずさはものすごい形相で哲弥を睨みつけた。
「あ、いや、コホン。さ〜て、お仕事お仕事」
あずさの睨みに威圧された哲弥は咳払いを1つすると、逃げるようにその場を離れていった。
数日後の昼下がり。
美樹子は駅前の画材屋に漫画を書くための道具を買いに来た。
インク、漫画原稿用紙、スクリーントーンなどを買いこみ帰宅の途につこうとしたときだった。
絵の具が陳列されている棚の前で見知った人物を見かけた。
(あれは、確か…………ふっふっふ、いいこと思いついちゃった♪)
美樹子はほくそえむと、その人物に近づいていった。
「こんにちは、坂巻君」
「え?」
美樹子に声をかけられて、その人物、坂巻哲弥が振り向いた。
「え〜っと、どちらさまでしたっけ?」
かくっ
哲弥の問いに、美樹子はコケそうになった。
「あのね……私、キャロットの常連なんだけど、っていえばわかるかな?」
「あ、そうなんですか。すいません。おれ、キャロットでバイト始めたばっかりで」
「ま、そうなんだけどね。耕治が話してたし」
「こうじ? ああ、前田耕治さんのことですね」
「そ。自己紹介しとくね。私は篠原美樹子。……………耕治の恋人よ」
「ふぇ? 耕治さんの?」
哲弥が間の抜けたような声を出した。
次回予告
あずさ:はぁ〜、何とか美樹子さんをギャフンと言わせる方法ってないかなぁ?
料理に一服盛る、って、そんなことしたらキャロットクビになっちゃうわ。
ペンのグリップに画鋲を仕掛ける、って、これじゃあ少女漫画の意地悪役だわ。
そもそも嫌がらせじゃ勝ったことにならないじゃない。
あぁ、お父さんお母さん、何かいい知恵はない?
………え? 駅前の喫茶店『のんべえ』で、明日からパフェがオール3割引セール?
大変! ミーナにも教えてあげなくっちゃ! って、そうじゃなくて〜。しくしく。
あっ、でも、パフェは食べなくっちゃね。
次回、Muchos Encuentros 第2話『しっていれば』。お楽しみに。
葵 :あずさちゃん、がんばって。アタシはあずさちゃんを応援するわ。
あずさ:葵さん……。
葵
:みんなが美樹子ちゃんが勝つほうに賭けるもんだから、このままじゃ賭けにならないのよ。
あずさ:……急にやる気がなくなりました。
葵 :ちなみに今のオッズは、あずさちゃんが29、美樹子ちゃんが2よ。
あずさ:もういいです。
葵
:立つのよあずさちゃん。明日の宴会費用を稼ぐために。
あすさ:何だか私、負け続けた方がいいような気がしてきました。
あとがき
こんにちは、笛 射駒です。
初の続きものに挑戦です。
書こうとしていることは、アバンの言葉通りです。
といっても基本路線は軽め。遊べるところは遊びます。
今回のエピソードのゲスト、哲弥に関しては、耕治の弟分みたいな感じで書いてみました。
兄として祐介、姉として涼子・葵、妹として美奈・ともみ、がいるけど、では弟は?
これがいなかったので、じゃあ作ってみようと思ったわけです。
このエピソードでは、あずさと美樹子がメインです。
何だか美樹子ばかりおいしい目にあってますが。
あずさファンの方は次回をお楽しみに、ということで。
といっても上の次回予告じゃさっぱりわかんないでしょうけど。
それでは、お付き合いいただきありがとうございました。