夕日が照らす別れ際に
指切りをして誓った約束
雪に隠れる道のように
記憶の底に封じた思い出

高校2年の夏休み
何をメインに過ごすのか

幼いときに過ごした街での
奇跡が織り成す物語
Kanon


KanonSS
written by FUE Ikoma
真夏の手紙と恋物語


 

 冬になると雪で覆われる街でも7月の後半ともなれば本格的な夏に入る。
 真夏の日差しが上空から、そしてアスファルトやガードレールに反射して横から下から通学途中の高校生たちを容赦なく突き刺す。
 いつもはそんな暑さに愚痴をこぼす生徒が多いのだが、今日はあまり見られない。
 大半の生徒の話題はもっぱら翌日からの夏休みである。
 そしてそれは、この2人とて例外ではない。

「舞も一緒に旅行に行けたらよかったんだけどね」
「……用事があるから」
「うん、だったらしょうがないよね。佐祐理、舞にいっぱいお土産買ってくるからね」
 こくり
 佐祐理の言葉に舞が頷いた。
 ………失礼、間違えた。

「名雪、夏休みはずっと部活なの?」
「うん、そうだよ」
「枯れてるわね」
「そんなことないよ〜、香里だってそうでしょ」
 香里の冷たい一言に名雪は口を尖らせて反論する。
「私は部活のほかにもバイトしたり学園祭の準備をしたり遊んだり、まあいろいろあるわよ」
「そうなんだ」
「名雪はどうせ要領悪いから、ちゃんとした予定が立てられなかったんでしょ」
「う〜」
 名雪は更に唸ってみせるが言い返さないところからすると図星らしい。
 そんな会話をしているうちに校門をくぐり、昇降口に到着した。
 2人が自分の靴箱の蓋を開くと、それぞれの靴箱に何枚かの手紙が入っていた。
「何でこんなに来てるの?」
 名雪が首をかしげた。
 名雪と香里の靴箱に手紙、もといラブレターが入っているのはこれが初めてのことではない。
 しかし、何枚もまとめて入っていたのは初めてのことである。
「どうせ、夏休みに入る前に彼女を作っておこう、なんて考えたむなしい男子でしょ、はい」
 香里は手紙を取り出すと、そのまま名雪に渡した。
「どうしてわたしに渡すの?」
 名雪はかねてからの疑問を口にした。
 以前香里に届いたラブレターも、彼女は読まずに名雪に渡していたのである。
「そのまま破って捨てるのはかわいそうじゃない」
「答えになってないよ〜」
 香里の的外れな答えに名雪は顔をしかめた。
「名雪は自分に届いた分は、全部読んでるんでしょ」
「だって、読まないと失礼だよ」
「あたしは付き合う気もない人からの手紙を読んでるほど暇じゃないわ」
「それでも読むべきだと思うよ」
「だから名雪に渡してるんじゃない」
「だから、どうしてわたしなの?」
「名雪だったらあたしの代わりに読んでくれるでしょ」
「それはそうだけど……」
 話しているうちに教室についた。
 香里がドアを開けて2人そろって教室に入る。
 数人の生徒に挨拶をすると名雪も香里も自分の席につき、また会話を始めた。
 名雪の席は香里の席の隣にある。
「でも、名雪も彼氏くらい作れば部活以外にやることできるんじゃない?」
「別にいいよ」
 名雪は即座に否定した。
「彼氏ができれば、その要領の悪さもフォローしてくれるでしょ」
「別にいいってば」
 名雪はなおも否定する。
「あれだけラブレターもらって、律儀に全部読んでるのに」
「わたし、今は男の子と付き合う気はないよ」
「そう」
 香里は無表情で相槌を打った。
 そこに、1人の男子生徒が声をかけてきた。
「おはよっ、水瀬、美坂」
「あ、北川君、おはよう」
 名雪が助かったといわんばかりに素早く挨拶を返す。
「おはよ」
 香里はワンテンポ遅れて返した。
「珍しいな、2人が色恋の話なんて」
「聞いてたの?」
 名雪が困ったような顔で尋ねた。
 北川の言葉通り、名雪と香里が恋愛の話をすることはあまりない。名雪がしたがらないのである。
「嫌でも聞こえるさ」
「あら、そんなに大きい声で話してたっけ?」
 今度は香里が尋ねた。
「だって、教室にはおまえたちしかいなかったから」
「「え?」」
 北川に言われて名雪と香里が教室を見回すと、北川のほかには誰もいなかった。
「俺はちょっと遅刻しちまって、今来たとこなんだけどな」
「………しまったっ、もうみんな終業式で講堂に行っちゃったのねっ!」
 香里が珍しく声を張り上げた。
「行くよ名雪ッ!」
「う、うん」
 2人は素早く講堂専用の靴を掴むと教室を出ていった。
「おーい……」
 1人取り残された北川の手が、むなしく宙を掴んでいた。

 終業式もホームルームも終わり、下校時間となった。
 多くの生徒が夏休みに目を向けて学校を後にする。
 それはこの2人とて例外ではない。

「それじゃあ舞、夏休み中は学校では合えないけど、時々電話するね」
 こくり
「旅行には一緒に行けなかったけど、2人でどこか遊びに行きたいね」
 こくり
 佐祐理が一方的に話して舞が無言で頷くという繰り返しだが、2人とも楽しそうだ。
 ……失礼、また間違えた。

「名雪、今日部活はないの?」
「うん、今日は休みなんだ」
 2人の顔にはすべて終わったといわんばかりの開放感があふれている。
 もっとも、2年生の2人は夏休みになっても部活やら何やらで学校にはちょくちょく顔を出すことにはなるのだが、やはり夏休みの到来は特別なものがあるのだろう。
「ま、明日から夏休みだって浮かれてる中で練習したって効果は薄いかもね」
「そんなことはないと思うけど」
「よっ、水瀬、美坂」
 名雪と香里が昇降口を出たところで、2人を呼びとめる男子生徒の声がした。
「あら、北川君」
 まず香里が足を止めて振り向いた。
「今帰りなの?」
 続いて名雪も振りかえる。
「おう。いやー、明日から夏休み。この開放感。たまんねーな」
「成績悪くて補修を受ける羽目になった人の言う台詞じゃないわね」
 香里からきつい一言が帰ってきた。
「言うなよ。一時でも忘れようとしてるのに。ま、俺にとっては夏休みは8月からだから、それから目いっぱい遊んでやるさ」
「大変だね」
 名雪が同情するように言った。
「まあな。2人は遊ぶ予定ってあるのか?」
「わたしは今のところ部活だけだよ」
「あたしは……まあいろいろとね」
「枯れてんな〜」
「それは名雪だけよ」
「2人ともひどいよ〜」
 しばらくそんな話をしていて校門の手前までやってきたときだった。
「あ」
 名雪が何かを思い出したような声を上げた。
「どうしたの、名雪?」
 思わず香里が尋ねる。
「わたし、部室に取りに行くものがあったんだ。ばいばい、香里、北川君」
 言うが早いが名雪は全力疾走でその場を走り去った。
「……この暑い中、よく制服着てあんなスピードで走れるな」
「陸上部だからじゃない?」
 北川と香里は妙なところで感心していた。

(う〜、やっぱり走るんじゃなかったよ)
 部室の前まで来た名雪は汗だくになっていた。
(何だか制服が重たくなったみたいだよ。貼りついてくるし)
 それは汗を吸ったためである。
(はぁ、学食の自販機でジュースでも買ってこうかな)
 名雪がそう決意して学食の方へ足を向けたときだった。
「名雪」
「え?」
 名雪が呼ばれた方を向くと、そこには香里が立っていた。
「香里、北川君と帰ったんじゃなかったの?」
「名雪は部室での用は終わったの?」
 香里は名雪の問いには答えずに逆に質問した。
「え? あ、う、うん」
 名雪は多少口ごもりながら頷いた。
 もともと本当に部室に用があったわけではない。単なる口実に過ぎなかったのだから。
「それで、北川君はどうしたの?」
「それで、名雪はこれからどうするの?」
 またも香里は名雪の問いには答えずに質問した。
「あ、ちょっと喉乾いちゃったから学食行くとこ」
 しかし名雪は律儀に答えていた。
「学食? 今日はやってないんじゃない?」
「でも、自販機は動いてるだろうし、冷房も効いてるだろうから休むことはできるんじゃないかな」
「そっか。じゃ、あたしも行こうかな」
 香里は名雪の先に立って歩き出した。
「あ、待ってよ〜」
 名雪も早足で後を追う。もう走りたくはなかったのである。

「それで、香里は北川君と帰ったんじゃなかったの?」
 学食で、名雪と香里は向かい合って座り、ジュースを飲んでいた。
 学食には2人のほかにも何人かの生徒が涼みに来ていた。
 ちなみに飲んでいるのは、名雪はストロベリージュース、香里はビタミンドリンクである。
「え? ああ、あたしもちょっと教室に忘れ物をして、取りに行ってたのよ」
 ぷはぁ、と一息ついてから、ようやく香里は答えた。
「そうなんだ」
 名雪は少し残念そうだった。
「気を利かせたつもりだったの?」
「え? べ、別に、そんなことないよ」
 香里に突っ込みを名雪は否定してみせるが、明らかに図星をつかれた素振りである。
「あんなことしたって意味ないんだけどね」
「そんなことないよ」
「どうして?」
 ここで名雪は少しためらったが、決意したのか口を開いた。
「香里、鈍いね」
「だから、何のこと?」
「北川君、香里のこと好きなんだよ」
「は? 何言ってるの?」
 香里は呆れたような反応をする。
 しかし名雪もそれ以上はそのことについては話さなかった。

 そのまま2人は一緒に下校した。
「じゃあね、香里」
「ま、夏休みといってもお互い学校に顔を出す機会は多いだろうけどね」
「そうだね」
 分かれ道でそんな会話をして2人は別れた。
「はぁ」
 歩いていく名雪の後姿を見ながら香里は1つため息をついた。
「鈍いのはどっちなんだか」
 そして、そう呟いた。


 夕食を食べ終えて自室に戻った名雪は学習机に向かっていた。
 机の上には便箋と筆記用具が置かれている。
(今年は何て書こう)
 名雪は手紙を書こうとしているところだった。
(もう6年になるのかな)
 手紙を書こうとしている相手と最後に会ったときのことを考える。
(やっぱり、変なこと書かないほうがいいかな)
 名雪はその人物に、毎年2回、決まった時期に手紙を出していた。
 1つは年賀状。もう1つは7月23日に投函する手紙。
 年賀状の方には年始の挨拶、7月23日の手紙には、いつも当たり障りのないことを書いていた。
 そうしないと、自分が傷つくだけのような気がしたから。
 かといって手紙を書くのをやめてしまうと相手との接点が消えてしまうような気がして、それが怖かった。


 7月23日。
 部活に出るために学校に向かっていた名雪は郵便ポストの前で足を止めた。
 カバンを開くと1通の手紙を取り出した。
 ポストに入れようとしたが、寸前で手を止め、手紙を持ったまま両手を胸の前に持ってきた。
 すーはーすーはー
 そして深呼吸をした後、意を決したのか再び投函しようとする。
 そのときだった。
「おはよ、名雪」
「わっ」
 突然呼ばれてあせった名雪は反射的に手紙を引っ込め、そのままカバンに戻してしまった。
「あ、香里、おはよう」
「何あせってるの?」
「な、何でもないよ」
 名雪は必死に言い繕った。
「名雪、今日も部活?」
 香里は深くは追求せず、すぐに話を切り替えた。
「え、うん、香里も?」
 香里も制服を着ているということは学校に用があるのだろうと思った名雪はそう尋ねた。
「まあね。一緒に行こうか」
「うん」
 香里の誘いに断る理由もなく名雪が乗り、2人そろって学校に向かって歩き出した。
(手紙出し損ねちゃったけど、帰りでもいっか)

「香里、今日が何の日か知ってる?」
 しばらく他愛もない話をしていた2人だったが、名雪がこんな話を振った。
「今日? 7月23日でしょ。誰かの誕生日だっけ?」
「わたしの知ってる人では7月23日生まれの人はいないよ」
「7月23日……………」
 このとき、香里の脳裏にひとときの思い出がかすめた。
『はい、栞』
『お姉ちゃん、これなあに?』
『手紙よ』
『手紙?』
『そう、今日は7月23日だからね』
『何か特別な日なの?』
『ふふっ、栞、7月23日はね――――――』
 ぶんぶん
 香里は思い出を打ち消すように頭を振った。
「わからない?」
 名雪には、香里が必死で考えているように見えたようだ。
「………………わからないわね、降参」
「7月23日はね、文の日なんだよ」
「ふみのひ?」
「そう、みんなで手紙を出しましょう、っていう日なんだよ」
「そうだったんだ。言われてみれば、7月のことを文月って言うわね」
「うん」
「じゃあ、名雪は誰かに手紙を書いたの?」
「うんっ、書いたよ」
「それって、名雪の好きな人?」
「え?」
 今まで口が軽くなっていた名雪だったが、この問いには答えに詰まった。
「ち、違うよ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ〜」
 香里に追求に名雪は否定を重ねていた。
 そんなとき、名雪にとっては天の助けか、学校に着いた。
「あ、じゃあ、わたし部活に行くね」
 名雪はそう言い残すと逃げるように走り去った。
「さすが陸上部、逃げ足が速いわね」
 名雪の後姿を見ながら香里は呟いた。

 12時を回り、陸上部の本日のメニューが終了した。
 快晴の夏空は、練習で疲れた部員たちにとってはかなりきついものがある。
 多くの部員たちの帰宅する足取りは重いが、明日になれば、また気合充分で登校してくるのだろう。
 名雪もシャワーで汗を流し、下校するところだった。
 そのとき昇降口のそばに1人の生徒の姿が目に入った。名雪の知っている人物だった。
「北川君、今補習終わったとこ?」
「水瀬か。まあな」
 北川は疲れた顔で答えた。
「夏休みも学校で勉強なんて大変だね」
「この炎天下走ってる方が大変だと思うけどな」
「でも走るのは楽しいよ」
「そっか。補習は楽しくないもんな」
 2人は顔を見合わせて笑った。
「なぁ、ちょっといいか?」
 しばらくして、北川が切り出した。
「何?」
「話したいことがあるんだ」
「話したいこと?」
「ああ、向こうで話そうや」
 北川は、木が影を作っているところを指差した。休むのにはちょうどいい場所である。
「うーん………いいよ」
 名雪は少し考えてから同意した。
 北川の家は名雪の家とは別方向で、校門を出た時点で方向が違う。
 そのため歩きながら話すのでは時間が少ない。
 名雪が少し考えたのは、長い話になるのでは、と思ったからである。
 ちょうどお昼時、名雪のお腹も部活動により空っぽになっていた。

「水瀬ってさ、何で誰とも付き合わないんだ?」
「え?」
 名雪にとっては全く予想外のことを訊かれた。
「俺知ってんだぞ。水瀬、それに美坂も男子から人気あるってこと」
「それは……その………」
「何かわけでもあるのか?」
 名雪はすぐには答えを返さず、自分のカバンを開くと手紙を取り出し、少しの間それを見つめていた。
 名雪と北川は木を挟んで向かい合って座っていたためお互いの顔は見えない。
 今名雪が何をしていたかも北川にはわからなかった。
「………うん」
 しばらくしてから名雪が頷いた。
「人には、俺や美坂には言えないことなのか?」
 名雪はまたすぐには答えず、手紙をじっと見つめていたが、やがて、一息つくと手紙をカバンに戻した。
「いいよ、話してあげる」
 それまでうつむき加減だった名雪の顔が心なしか上がった。
 不意に風が吹いてきて、木の枝を揺らした。
 風の冷たさと、風に揺れる木の葉の音が心地よかった。
 音がやむのを待ってから、名雪は話し始めた。
「わたしね、小学生のとき、失恋したんだ」
「失恋?」
「うん。相手は同い年でいとこで、不思議な感じの不思議な感じのする男の子だった。
 夏休みや冬休みなんかの長い休みには、まるまるわたしの家に来ていて一緒に遊んでたんだ。
 いつの頃からか、わたしはその人のことが好きになってて……6年前の冬、その人が帰るとき、わたしは思いきって告白したんだけど……ダメだった」
「フラれたってことか?」
「うん。それ以来、その人はこの街にも来なくなって。
 それからかな。恋愛に対して臆病になっちゃったのって。男の子を恋愛の対象として見るのが恐くなっちゃったみたい」
 言い終えると名雪は微笑んだ。どこか自嘲的な笑みだった。
「何だよ、それ……」
「北川、君?」
 顔は見えないが、口調から北川の迫力は感じられた。
「そんなの、見苦しいだけじゃねえか!」
「そんなことないよ、わたしは!」
 名雪は思わず立ちあがった。
「水瀬は、まだ吹っ切れてないだけなんだろ!」
「え?」
「そいつのこと、待ち続けてるんだろ!」
「ち、違うよ」
「それを自分で認めることができなくて、だから恋愛に臆病だなんて言い聞かせてるだけだ!」
「わたしは――――」
 名雪は言いかけたところで止めた。北川が名雪の目の前に立っていたのである。
「俺を見てくれよ! 今現在水瀬を見ている奴はここにいる!」
「えっ?」
「俺、水瀬のこと……好きだ」
「そ、そんな……だって………」
 名雪にとっては意外だった。北川は香里が好きなものだとばかり思っていた。
 もっとも香里の方は全く興味なしのようだったから、密かに北川を応援しようとさえ考えていた。
 その北川が好きなのは、香里ではなく自分の方だった。
 何と言っていいのかわからなかった。
「過去の、たった一度の失恋を言い訳にして、自分を誤魔化すなよ! そして、そいつのことを吹っ切って、俺を見てくれよ!」
 興奮した北川は、いつの間にか名雪の肩をつかんでいた。
「わ、わたし……ごめんねっ」
 名雪は北川を振りきると、そのまま走り去った。
「………………はぁ」
 北川は名雪の後を追いかけることなくその場に佇んでいたが、やがて大きなため息をついてうなだれた。
「無様ね」
「ん? 美坂…」
 声をかけられて顔を上げると、香里が立っていた。
「見てたのか?」
「まあね」
 香里も木陰に入ってきた。
「名雪にああいう理由があったなんてね。でも、ちょっと乱暴だったんじゃない?」
「つい、ムキになっちまったんだよ。でも、もしも水瀬が本当にそのいとこのことを吹っ切れていなくて待ち続けてるんだったら、俺にもまだチャンスはあるだろ?」
「そういうものかしら?」
「ああ、水瀬が恋愛に対して前向きになったんなら、後は俺次第で振り向かせられる、ってことじゃないか」
「そううまくいくかしらね」
 プラス志向の北川に対し、香里は呆れた口調だった。
「とにかく、後は自分で何とかしなさいね」
「ああ、いろいろありがとな」
「北川君のためじゃくて名雪のためよ。別に北川君が誰と付き合おうが、あたしにはどうでもいいことだし」
「きっついな〜、美坂は」
「失礼ね。女同士の友情に厚いだけよ」
 それから2人は肩をつき合わせて笑った。


「はぁ」
 さっきから出てくるのはため息ばかりである。
 北川から逃げてそのまま家まで直行で帰ってきた名雪は、自室のベッドに横たわっていた。
 昼食を食べる気にもなれなかった。
 部屋はカーテンを締め切り、明かりもつけていない。
(わたしは………)
『水瀬は、まだ吹っ切れてないだけなんだろ!』
 昼間の北川の言葉が名雪の頭の中を何度も何度も駆け巡る。
(わたしは………)
『そいつのこと、待ち続けてるんだろ!』
(わたしは………)
『それを自分で認めることができなくて、だから恋愛に臆病だなんて言い聞かせてるだけだ!』
(わたしは―――――――!!)
 名雪はベッドから起きあがると、机の上に置いてあったカバンから、出し損ねていた手紙を取り出した。
 その手紙を両手で掴むとしばらく考えるようにじっとしていたが、やがて意を決して、手紙を引き割いた。
 そして、カバンから筆記用具を、机の引出しから便箋を取り出した。
(わたしは―――――――!!)


 翌日、補習を終えた北川が靴を履き替え昇降口を出たときだった。
「北川君」
 自分を呼ぶ声がして振り向くと、1人の女子生徒が立っていた。
「水瀬…」

 名雪と北川は、前日と同じ場所で前日と同じように木を挟んで座っていた。
「北川君には、謝らなくちゃいけないことが2つあるんだ」
 しばらく2人とも無言だったが、名雪が口を開いた。
「わたし、自分に嘘ついてたよ。
 北川君の言う通りだった。わたしはまだあの人のことを吹っ切れてなくて、それを認めることもできなくて、臆病になったって言い聞かせてたんだよね。………ごめんね」
「………………もう1つってのは?」
 しばしの沈黙の後、北川が尋ねた。
「うん。わたし、決めたんだ。その人のことを待とうって」
 そこまで言うと名雪は立ちあがり、北川の前に回りこんだ。
「だから、その……北川君の気持ちには応えられないんだ。ごめんね」
 風が吹いた。
 木の葉がざわめく。
 それは、今2人がいる空間だけが外界から切り離されたような錯覚すら感じさせた。
「そうか。わかった」
「北川君……」
 名雪は申し訳なさそうな顔をしていた。
 すると、北川は立ちあがった。その顔は笑顔だった。
「でも、俺、諦めたわけじゃないからな」
「えっ?」
「ははは、じゃあなっ!」
 北川は笑いかけるとそのまま駆け去っていった。
 名雪はしばし呆気に取られていたが、我に返るとカバンを開けて何かを取り出した。
 それは、1通の手紙だった。
 いつものような当り障りのないことを書いた手紙ではなく、また遊びに来てほしい、ということを書いた手紙。
 ストレートな自分の気持ちを書くことまではできなかったけれど、今までよりも数十歩も前進した手紙。
「わたし、待ってるからね」
 名雪のその言葉に応えるかのように、風に吹かれた木の葉がまた音を立てた。


 雪の降る街で、少年が少女と出会い奇跡の物語を体験する、半年前の出来事だった。





あとがき
 こんにちは、笛射駒です。
 KanonのSSを発表するのは初めてになります。
 ついでにシリアスな話も初めてです。重くはならないようにしましたけど。
 この話は、別に香里×北川へのアンチテーゼというわけではありません。
 ただ、北川が好きなのは名雪なんじゃないか、という疑問は前からありました。
 ゲーム中でもそれを匂わせる部分があったようにも見えましたし。
 そこで、季節ネタも取り入れてこんな話に仕上げてみました。
 『北川のハニーは香里じゃないと許さん!』という方、ご容赦ください。
 それでは、お付き合いいただきありがとうございました。

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